ガンダムというアニメがあることは知っていたが、見たことはなかった。内容についても
「アニメなんだから子供向けなんだろう」
 ぐらいに思っていた。

 とんでもない話だ。
 そんな調子だから、話は噛み合わなかった。

 私は、自分が話の流れから取り残されていることに焦って、何か面白いことを言おうとして、スベったりしていた。
 スベったことは、まあ仕方がない。よくある話だ。

 よろしくなかったのは、私が、富野監督の仕事を良く知らないまま壇上に上がっていることのとんでもなさに、まるで気づいていなかったことだ。
 おそらく私は、
「なるほど、ガンダムというのは宇宙の話なのですね」
 という感じの、あり得ない応答を、悪びれもせずに繰り返していたのだと思う。

 まったくもって、とんでもない話だ。
 トークショーが終わると、サインを求める学生の行列が出来た。
 私の前には3人ぐらい。この人数も、もしかしたら、実行委員会による動員だったのかもしれない。

 富野監督の前には、数えきれない数の学生が列を作った。

 監督のサインを待つ間、「感激です」「がんばってください」「次回作を期待しています」などと声をかけ、握手を求め、明らかに感動している学生の姿を眺めながら、私は、その時になってはじめて、自分が場違いな場所に座っていることに思い至っていた。

 それから、主催者に促されて席を立つまでの20分ほどの間、私は、針のムシロの上に座っている気分だった。

 サインを求められているのでもなく、ただ監督の隣に座って、ガンダムのために集まった学生たちの白眼視に耐えている時間は、私の人生の中で最もいたたまれない時間のひとつだった。

 後日、その時の顛末を知り合いの編集者に話したところ
「オダジマさん。それ、あんまりヒトに話さない方が良いと思います」
 と言われた。
「どうして?」
「オレ自身がいま現実にそうなんですけど、けっこう気を悪くする人間がいると思うんで」

 なるほど。
 編集者氏によれば、富野監督のありがたみを理解していない人間が監督と同席したことだけでも腹立たしいのに、それをまた面白い体験談みたいに話す態度はファンにとっては、受けいれがたい体験だというのだ。

 まあ、そうなのかもしれない。
 私も、立場が逆だったら同じことを思うはずだ。

 1999年の8月に、今は亡き筑紫哲也さんがキャスターをつとめていたニュース番組に、ブラジルのロナウド選手が出演したことがある。

 その時の筑紫さんの振る舞い方が「ロナウドのありがたみをわかっていない素人」そのもので、私は、たいそう腹を立てたのを覚えている。

 当時公開していたウェブ上の日記に、私はこう書いている。

《インタビュアーには、せめて取材対象の偉大さを理解している人間を起用してほしい。
筑紫さんから見ればロナウドは、単なる「気のいい兄ちゃん」ぐらいにしか見えなかったかもしれない。
が、そりゃあんたの勉強不足であって、ロナウドの側の責任じゃないよ。》
(初出はこちら

 私が富野監督に対してとっていた態度は、筑紫さんがロナウドに向けて示していたそれより、さらに失礼だったと思う。