明治からの150年を昭和20年の敗戦を以て2つに分けてみると、前半の70余年は、薩長同盟ならびに大日本帝国憲法が主導した体制が、大戦の敗北によって幕を閉じた時代になる。後半の70余年は、民主主義と日本国憲法によって導かれた、復興と成長と平和のエポックだったと位置づけることができる。

 私は、このタイミングで「薩長」が持ち出されていることに、不吉な号令の響きに似たものを感じ取っている。

 もう少し具体的な言い方をすると、明治150年のうちの前半部分の70数年を「取り戻し」て、再評価し、よみがえらせようとする意図が、これから先の3年ほどの政治のスケジュールの中に組み込まれつつあるということだ。

 このことは、またもう一度、声の大きい男たちが活躍するマッチョな時代がやってくるということでもある。

 相手がテレビドラマなら、スイッチを切るなりチャンネルを変えるなりすれば良い。最悪、自分がテレビのある部屋から外に出れば、あの腹式呼吸の発音から逃れることができる。

 でも、日本中の男たちがリアルな実生活の中でああいう声を出すようになったら、逃げ出す場所は、この島国の中には見つからないはずだ。
 そういう近未来はできれば御免こうむりたい。

 宇野さんのピアノがまずかったのは、ヘタだったからではない。
 自身の演奏への無自覚さが、音楽に携わる人々の誇りや自尊心を傷つけた。そこが問題だった。

 安倍さんの演説に関しても、私は、滑舌の良否やレトリックの巧拙を問題視しているのではない。
 ただ、自分の使っている言葉に自覚的であってほしいと申し上げているだけだ。

 「薩長」が、もし単なる思いつきで持ち出した言葉であったのなら、今からでも遅くはない。ぜひ撤回していただきたい。本気でおっしゃっているのだとしたら、私の方からは、絶句のほかに言葉がみつからない。 

(文・イラスト/小田嶋 隆)

子供時代、大河ドラマ「花神」と、夕方の再放送の「伝七捕物帳」の主人公が
同じ人であることに気づきショックを受けました。よよよいよい!

 小田嶋さんの新刊が久しぶりに出ます。本連載担当編集者も初耳の、抱腹絶倒かつ壮絶なエピソードが語られていて、嬉しいような、悔しいような。以下、版元ミシマ社さんからの紹介です。


 なぜ、オレだけが抜け出せたのか?
 30 代でアル中となり、医者に「50で人格崩壊、60で死にますよ」
 と宣告された著者が、酒をやめて20年以上が経った今、語る真実。
 なぜ人は、何かに依存するのか? 

上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白

<< 目次>>
告白
一日目 アル中に理由なし
二日目 オレはアル中じゃない
三日目 そして金と人が去った
四日目 酒と創作
五日目 「五〇で人格崩壊、六〇で死ぬ」
六日目 飲まない生活
七日目 アル中予備軍たちへ
八日目 アルコール依存症に代わる新たな脅威
告白を終えて

 日本随一のコラムニストが自らの体験を初告白し、
 現代の新たな依存「コミュニケーション依存症」に警鐘を鳴らす!

(本の紹介はこちらから)