われわれは、社会的弱者を見捨てたり、貧困に苦しむ人々を放置するにあたっての、科学的裏付けというのかアカデミア発の許認可証みたいなものを求めている。

 でもって、自分がその種の「科学」の立場に則ってものを言っていると思っているからこそ、自信満々で無慈悲な断言を発することができる。

 「かわいそうだけど、社会の進歩のためには仕方がないよね」
 「だって、弱者を擁護すれば、それだけ全体が弱体化するわけだから」
 「強い麦を育てるということは、有り体にいえば弱い麦を踏み殺すことだからな」
 「まあ、インテリの先生方は摘果しないで育てた小粒の痩せたリンゴ畑みたいな社会がお望みだってことで」

 実際のところ、役所が障害者を雇用することは、業務の効率を妨げ、行政サービスを低下させ、税金の無駄遣いを招き、弱者利権を恒久化する事態を招くのだろうか?

 私は必ずしもそうは思わない。
 実際に、私は自分が出入りしている自治体で、車椅子で勤務している職員による行政サービスを受けているが、何ら不都合は感じなかった。

 それどころか、障害を持った職員が働く姿は「すべての人間は果たせる役割を持っている」という、ごく当たり前の観察をPRする意味で、有効だと思っている。

 「役に立たない人間は排除しなければならない」

 という生産性万能の思想は、あるタイプの限られたメンバーを想定して作られた組織ではそのとおりかもしれないが、すべての人間を含む「社会」を舞台に、その考えは通用しない。

 人間の社会では、むしろ逆に

 「社会はすべての人間にしかるべき役割を割り振るように設計されていなければならない」

 という原則で考えられなければならない。

 狭い市場で利益を生むべく生成された企業は、特定の条件を満たす人間を募集して雇用するものなのだろう。
 が、「特定の条件を持って生まれた人間の能力を活かすべき機会と現場を作り出さなければならない」という発想から生まれる仕事だってあって良いはずだし、もしかしたら、この先の世界でものを言うのは、そういう場面から生まれた仕事であるのかもしれない。

 お花畑だと思う人はそう思ってかまわない。
 私は、自分がどちらかといえば肥溜めよりはお花畑の方を好む人間であることを恥だとは思っていない。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

(編注:文中の「障害者」の表記は弊社の編集ルールに従ったものです)
「生存する者を適者と呼ぶ」。そして、適者か否かは大半が「運」
長寿コラムの当欄担当の私は、幸運なんでしょうか。うーん……。

 小田嶋さんの新刊が久しぶりに出ます。本連載担当編集者も初耳の、抱腹絶倒かつ壮絶なエピソードが語られていて、嬉しいような、悔しいような。以下、版元ミシマ社さんからの紹介です。


 なぜ、オレだけが抜け出せたのか?
 30 代でアル中となり、医者に「50で人格崩壊、60で死にますよ」
 と宣告された著者が、酒をやめて20年以上が経った今、語る真実。
 なぜ人は、何かに依存するのか? 

上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白

<< 目次>>
告白
一日目 アル中に理由なし
二日目 オレはアル中じゃない
三日目 そして金と人が去った
四日目 酒と創作
五日目 「五〇で人格崩壊、六〇で死ぬ」
六日目 飲まない生活
七日目 アル中予備軍たちへ
八日目 アルコール依存症に代わる新たな脅威
告白を終えて

 日本随一のコラムニストが自らの体験を初告白し、
 現代の新たな依存「コミュニケーション依存症」に警鐘を鳴らす!

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■変更履歴
記事掲載当初、本文中で「ここまではっきりと水田議員の主張を」としていましたが、正しくは「杉田議員」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです [2018/08/25 9:00]

この記事はシリーズ「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。