この半月ほどの間に、トランプ大統領の足場は急速に危うくなっている。
 まず先月末、目玉政策のひとつである、オバマケア廃止法案が上院で否決された。
 この法案否決は、上院で過半数を維持している共和党議員から造反者が出たことの結果であるだけに、ダメージは大きい。

 政権内では、スパイサー報道官とプリーバス首席補佐官が辞任し、その彼らの反対を押し切って起用したスカラムッチ広報部長までもが就任10日で辞任に追い込まれている。10日で3人。ガバナンスは崩壊寸前と言って良い。

 トランプ大統領の北朝鮮に対する挑発的な発言は、この状況で発された言葉だけに、余計に薄気味が悪い。
 トランプはヤケを起こすのではなかろうか。
 そう思うと、先の発言はさらにイヤな響きを帯びる。

 もっとも、リーダーがイカれているのだとしても、それだけでは戦争は起こらない。
 常識的に考えれば、世論がそのイカれたリーダーのイカれた政策を支持しない限り、国が戦争に踏み出すことはない。
 その意味では、仮にトランプ氏個人が個人的にヤケを起こしたのだとしても、だからといって、ただちにアメリカが北朝鮮に対して先制攻撃を発動する事態は考えにくい。

 ただ、こんなことを言うと、迷信深いと思われるかもしれないのだが、私は、リーダーの精神状態と国民の世論は、どこか深いところで連動するものだと考えている。
 つまり、リーダーが情緒不安定に陥ると、それに呼応して、国民の中にも平静を失う人間が大量発生するということだ。

 国民世論の中にある「気分」がそれにふさわしいリーダーを選ぶなりゆきと、リーダーが醸している「気分」が国民世論を誘導する流れの間には、神秘的な相互作用が介在している。ニワトリが先なのかタマゴが先なのかはともかくとして、両者は連動しつつ互いを鼓舞し、最終的に行き着く先に行き着くことになっている。

 長い間サッカーを見ているファンは、サッカーチームが、戦術やシステムとは別に、監督の「パーソナリティー」や「気分」を体現する瞬間に何度も立ち会うことになる。

 3-4-3と4-4-2がどうだとか、ポゼッションサッカーとリアクションサッカーがどうしたとか、そういう理屈や戦術とは別なところで、チームは、最終的に、監督の短気さや、ユーモアや、慎み深さや、体調を反映した動き方を獲得する。時にはリーダーがかかえている家庭の問題や、他チームからのオファーの噂が選手たちの走りっぷりに影響する。

 というよりも、戦術以上のものを表現するのが優秀なチームというものなのであって、その「戦術以上のもの」とは、究極的には、監督個人の人格そのものに帰着せざるを得ないのだ。

 で、このお話を通じて私が何を言おうとしているのかというと、チームがリーダーの個性を反映する傾向は、学校のクラスとか、会社とか、人間の組織には付き物で、国についてもある程度同じだということだ。つまり、一国の指導者の基本的なマナーは、その国の国民の当面の国民性として表現されることになるということなのだ。