無思慮な政治家をトップに戴いている国の軍隊が、周辺国を刺激したり、威嚇しているのだとしても、周辺国の政治家がマトモな判断力を保持している限りにおいて、即座に戦争が勃発することはない。

 短期的に見れば、身勝手な軍事的挑発を繰り返す国は、周辺国から譲歩を引き出すことができる。
 というのも、軍事的な挑発や威嚇へのとりあえずの無難な対応は、外交上の譲歩以外に見つかりにくいものだからだ。

 とはいえ、あたりまえの話だが、国際社会からの孤立と引き換えに入手した暫定的な譲歩が、長い目で見て、利益をもたらすはずもないわけで、とすると、孤立した国家は、最終的には、振り上げた拳を降ろして平伏するか、でなければ、さらなる挑発を繰り返しつつチキンレースを続行する以外に、有効な選択肢を喪失するに至る。

 この段階で、その狂った軍事独裁国家による一方的な威嚇に対して、周辺国がどのように対処するべきであるのかについては、いつも議論が分かれる。

 当面の平和を維持しつつ、軍事独裁国家の沈静化あるいは緩やかな自滅を待つシナリオを推奨する人々もいれば、ナチス・ドイツへの初期の宥和政策が失敗であったことの教訓を言い立てて、あくまでも、強硬な封じ込めを主張する人々もいる。

 とはいえ、外交という枠組みで考えれば、制裁を課すにしても、話し合いに持ち込むにしても、周辺諸国がいきなり極端な結論に飛びつくことは考えにくい。なんとなれば、戦争は、すべてのメンバーにとって破滅的な過程を含む解決だからだ。

 しかしながら、直接の紛争と遠い位置にいる第三国が介入するケースについては、戦争回避は、絶対の前提ではなくなる。

 このことは、先に引用した

 「戦争が起きるとすれば、現地で起きる。何千人死んだとしても向こうで死ぬわけで、こちらで死者は出ない」

 というトランプ大統領のセリフが、これ以上ない雄弁さで物語っているところのものでもある。

 つまるところ、リスクを負っていない者にとって、戦争は絶対に避けなければならない手段ではないのであって、考えてみれば、前の大戦が終わってからこっちの70年間ほど、アメリカが関わってきた戦争は、どれもこれも、自国とは遠くはなれた場所で起こる、遠い日の花火みたいな物語だったのかもしれないわけだ。

 だからって、いくらなんでも戦争は起こらないだろうと考える人が大多数であろうことはわかっている。
 私自身も、八割方大丈夫だとは思っている。

 でも、残りの二割のところで、どうしても不安に思う気持ちを拭いきれないのは、トランプ大統領の精神状態が戦争に向かっているように思えるからだ。