記事の中で数字として示されている、かに見えるエビデンスやファクトに、ソースとして示して欲しい部分が欠けているのは、論客の山本氏にしては残念なところだが、もっと気になるのは、無造作に使われている「反政府」という言葉の不穏さだ。

 タイトルからして
「年寄り民主主義とテレビ番組に反政府を煽られて勝敗が決した仙台市長選」
 と、テレビが「反政府」を煽っているかのごとき前提で書かれている。

 では、テレビは、「反政府」を煽っているのだろうか。
 私はそうは思わない。

 7月に入ってからこっち、朝昼の情報ワイド番組が、政権の疑惑についての報道を連日繰り返していることは事実だ。
 が、テレビ局のスタッフは、「反政府」を煽るためにその種のニュースをヘビーローテーションしているのではない。
 おそらくは、単に数字の穫れる話題を重点的に追いかけているに過ぎない。

 この傾向を「反政府」という言葉で説明する態度は、それこそ、昨今流行している言葉で言えば、悪質な印象操作になろうかと思う。
 でなくても、あまりにもばかげている。
 政権の疑惑を報じることと、反政府を煽ることは同じではない。

 「反政府」という用語ないしは接頭語は、「反政府ゲリラ」「反政府一斉蜂起」という多少とも暴力的な要素を含む文脈で使われる言葉で、テレビ番組の編集方針や特定の候補に票を投じた市民の政治的傾向を描写する場面で不用意に使って良いものではない。

 記事の中で、山本氏が指摘している通り、民進党と社民党の支持、共産党と自由党の支援を受けた野党統一候補である郡和子氏に投票した人々の中に、安倍政権を支持しない層の市民が多かったことは事実だと思う。

 が、「安倍政権を支持しない」ということを、「反政府」という言葉でくくるのは、当たり前の話だが、適切な用語法ではない。

 まあ、ここのところは、「反日」と言わなかっただけでも良心的だったと考えてさしあげるべきところなのかもしれない。
 ともあれ、テレビが政権の打倒を煽ったから、それに乗せられた老人層が極端な投票行動に走ったみたいな分析の仕方は、あまりにも有権者を愚弄したものの見方だろう。

 2つめの実例は、7月22日にアゴラというサイトに掲載された

《マスコミを極左化させる「文学部バイアス」》

 というタイトルの記事だ(こちら)。