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 二階幹事長が杉田議員の発言を大筋において容認しているのは、「彼女の見解こそが自民党支持者の大勢を占めるサイレントマジョリティー層の総意だから」だ。

 認めたくない事実ではあるが、杉田水脈議員の発言は、あれは、「民意」なのである。
 それゆえ、もし仮に自民党の執行部が、杉田議員を処分なり追放するなりしたら、かえって自民党は「民意」を失うことになりかねないと、かように考えて、二階幹事長は彼女をお咎めなしのまま放置しているのだ。

 彼女のような議員は、自民党支持者の中にかなりの割合で含まれるあるタイプの人々の内心を代弁する存在として、それなりに貴重なのだと思う。今回の失言にしても、多くの党員ならびに議員はそもそも問題視すらしていないはずだ。

 「ミオちゃんもほら言葉の使い方にもう少し気をつけて、ポリコレ棒振り回してるタイプのパラノイアに揚げ足とられないようにしないとダメだよ。言ってることは正しいんだから」
 くらいに思っているファンがたくさんいるはずだ。

 冒頭に近い部分で、彼女の発言を「カタにハマった偏見」と表現したが、カタにハマっているということは、それだけ多数の人間に認知されているということであって、つまるところ、凡庸な偏見ほど人気のある見解はない、ということなのである。

 杉田議員の「生産性発言」が炎上している同じ頃、ツイッターのタイムラインに

《6歳の日本人を22歳にする16年間にかける予算より、75歳の日本人を91歳にする16年間にかける予算のほうが大きかったらどうしよう。》

 というツイートが流れてきた。
 このツイートを発信したのは、杉田議員よりはずっと知的で穏当なアカウントで、ふだんから偏見を垂れ流しているような人ではない。

 ツイート自体も、直接に老人の「非生産性」を攻撃しているわけではない。
 75歳以上の日本人に予算をかけることを指弾しているのでもない。
 全体としては、一種の「思考実験」であって、特定の主張を言い募るアジテーションではない。

 だから、私は、このツイートを発信したアカウントを批判しようとは思っていない。
 ただ、個人的には、このツイートの底に流れている思想は、杉田水脈議員がLGBTの「生産性」について言及した記事の中の思想とそんなには違わないものだとも思っている。いずれも人間を「生産」なり「経済活動」なり「労働力」なりといった社会的な尺度に沿って「測定」することを前提としたものの言い方で、根底には「コストパフォーマンス」「費用対効果」「歩留まり」といった、生産管理思想に結びつく視点が含まれている。

 そして、この種の片言隻句は、だからこそ人気がある。

 私たちが暮らしているこの国には、病弱だったり老齢だったり性的に少数派だったり思想的に異端だったりするいずれにせよ「普通でない人たち」が駆逐されたり、排除されたり、隅に追いやられたりすることを、人権侵害や弱者への迫害とは考えず、むしろ「社会の健全化に寄与する行動」ないしは「正しい淘汰の過程」と考える人たちが一定数存在している。