この「家族条項」は、はからずも自民党議員の中に蔓延している著しく封建的な家族観を、ものの見事に露呈してしまっている。

 彼らの考えでは、議員の親族は、議員の政治活動に従うべきだということになる。

 たとえば、お父さんが議員をやっている場合、その妻は、夫と別の政党を支持してはいけないことになる。子供も、兄弟も、姉妹も、親も同様だ。議員の家族は、党が推薦していない候補者は、たとえ同じ党の議員であっても応援してはいけない。応援すれば、一家の大黒柱が除名され、場合によっては職を失うことになる。

 逆に言えば、都連が配布した文書の中の「家族規定」は、都連の幹部が、
「自分の親族をまとめることもできない人間に議員をつとめる資格は無い」
 と考えていることを示唆している。
 この種の考え方は、政治資金や秘書給与の付け替え先に親族を利用する議員の感覚から派生しているもので、要するに彼らは、親族を議員の付属物ぐらいに考えているということでもある。

 文章を起草した都連の人間は、家族にも人権があることをどのように考えているのだろうか。
 議員の親族は、自由な政治活動を許されていないのだろうか?
 親族に自民党議員がいたら、その人間は、自動的に自民党を支持しないといけないのか?
 議員というのはそれほど偉いものなのか?

 あるいは、議員の妻や子供が、党の推薦を受けていない候補者を応援したことで、その議員を除名することを許されているのだとしたら、その党組織は、恐怖政治を敷いているということになるが、身内に向けたガバナンスにおいて、そのような恫喝的な組織運営をする政党が、民主国家の中で政治活動をする政治団体として通用するものなのだろうか。

 彼らは、「思想および良心の自由は、これを侵してはならない」という憲法第19条を無視し、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限の尊重を必要とする」という憲法第13条を、たわけた空文だとでも思っているのだろうか。

 私は、自民党という政党が、さすがにここまでひどい政党だとは思っていない。

 今回の出来事は、都連の上の方に、いくぶん困った人間がいるということを暗示しているに過ぎないと思っている。

 それでも、都連がこんなバカげた文書を配布してしまったのは、おそらく、昨今、自民党内における「家族」についての考え方が、旧民法的というのか、戦前的というのか、東アジア儒教社会的というのか、「日本会議」の勢力伸長に影響された、父権主義的な家族観に回帰していることのひとつの現れでもあるんだろうな、くらいは考えてしまう。

 先にご紹介した憲法第13条は、自民党の改憲草案では、以下のように改められている。
《第13条(人としての尊重等)全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。》

 ご覧のとおり、「個人」が「人」に、「公共の福祉」が「公益および公の秩序」に置き換えられている。