自民党の敗北には、さきほども書いた通り、前回の大勝からの調整局面としての自然減の意味がある。
 これに加えて、公明党との選挙協力の解消による戦術的な敗北分を勘案すれば、今回の負けは、たしかに歴史的な大敗ではあるものの、政党としての自民党本体が受けたダメージは、議席数の減少分ほどには大きくない。

 得票率の減少分について、関係者は、この半年ほどの不祥事続きの政権への評価として、厳粛に受け止めなければならないはずだ。が、考えようによっては、お灸を据えられたのが、国政選挙でなく、地方の議会選挙であったことは、党の本体にとって、幸運でさえあったとも言える。この結果を受けて、気分を引き締めてかかることができれば、次にやってくる国政選挙では、そんなにひどくは負けないだろう。

 引き比べて、民進党の負けっぷりには、まったく擁護できるポイントがない。
 二大政党制が機能している国では、マトモな政党は、敗北に終わった選挙の次の選挙では、多少とも負け分を取り戻すことになっている。逆に言えば、勝った次は負け、負けた次は勝つことで、二つの政党は、自分たちの立っているチェックアンドバランスの土俵を踏み固めている。

 政党そのものの内実が特に変わっていなくても、有権者の中には、ライバル政党への過度の権力の集中を懸念して、前回負けた側の政党に投票する層の人々が、必ずや一定数現れることになっている。世界中どこの国でも、二大政党制は、そういうふうにして、前回負けた側の陣営が体制を建て直し、前回勝利をおさめた側の陣営が敗北することで、全体としてバランスを維持し、長い目で見た安定を実現している。

 そのデンで行けば、前回の選挙で壊滅的な大惨敗を喫した民進党は、ふつうにやってさえいれば、黙っていても、少なくとも前回失った議席の半分ぐらいは回復して当然だったはずだ。

 が、そういう次第にはならなかった。

 この状況の中で、彼らは、前回のケチョンケチョンの踏まれた毛虫的な敗北からさらに得票を減らし、議席を減らし、諸派みたいな扱いの泡沫政党に転落している。
 ライバルであるはずの自民党が議席の半分以上を失っているにもかかわらず、である。

 このことはつまり、民進党が、この半年ほど、野党側に吹いていたはずの風(政権の中枢に続発するスキャンダルや閣僚の失言)を、まったく生かすことができなかったことを意味している。

 自民党の敗北が、ただちに国政をゆるがす政局にならないのは、負けたのが自民党であるところまではその通りだとして、勝ったのが国政の場における当面のライバルである民進党でなく、一地方政党であるに過ぎない都民ファーストの会だからだ。

 この先、都民ファーストの会が、どういう手順で党組織を整えて行くのかはともかくとして、何らかの形で国政に関与する政党に成長していくのだとしても、今回の都議選で示したそのままの大きさで国政の舞台にデビューできるとは限らない。というよりも、現実的に考えれば、自民党の別働隊みたいな形で、一定数の議席を確保することができたのだとしても、独立した政党として、確固たる政策と支持層と基盤を持てるようになれるだろうか。人材的にも、資金の上でも、ブレーンの質量でも、国政に打って出ることは簡単ではない。

 地域政党が一から国政に打って出る場合、維新の会がそうせねばならなかったように、候補者のほぼ全員を公募の形で募集することになるわけだが、残念ながら、公募で集まった議員は、どこの政党の例を見ても、質が高くない。

 今回、都民ファーストの会から当選(幾人かの他党からの乗り換え組を除けば、50人あまりの全員が初当選であるわけだが)した議員の中にも、必ずや「身体検査」の甘さが、あとになって取りざたされることになる人間が何人かは出てくるはずだ。