とはいえ、あたりまえの話だが、古い悪徳の存在が新しい悪徳の導入を免罪するわけではない。
 でなくても、

 「パチンコというおよそ不透明な賭博場が、すでに全国各地に5000軒近くある以上、このうえ3つや4つの公営カジノができたのだとして、たいした問題じゃないだろ?」

 「ギャンブル依存を持ち出す人たちにしても、まだ存在すらしていないカジノによる被害を言い立てるつもりなら、その前にパチンコの問題の解決してからにすべきなんじゃないのか?」

 という議論は、そもそも多分に詭弁の要素を含んでいる。

 パチンコがもたらしている害悪に対処せねばならないのはその通りで、その点については、すでに様々な人々が取り組んでいる。

 この種の議論をする人たちの定番のツッコミの形式である

 「Aを告発するなら、その前にBを告発するべきだ」

 式の言い方は、そのままでもほとんど詭弁なのだが

 「Bを追及していない人間にはAを追及する資格はない」

 というカタチに逆転すると、さらに露骨な言いがかりになる。

 この論法を敷衍すると、世界中のすべての罪を告発しきった後でないと、特定個別の悪徳に異を唱えることができなくなる。

 「どうせ太り過ぎでモテないんだから、爪を切って清潔にしたところで無駄だ」

 や

 「パスタでカロリー摂取をしている以上、ケーキを断念したところでダイエットにはならない」

 は、そもそもウソだ。

 そして、

 「体重を適正範囲に保つことができていない人間は、爪を切る資格がない」
 「パスタを食べる人間はケーキを食べない選択肢を持っていない」

 は、より悪辣な詭弁になる。
 そして、あるタイプの人々はより凶悪な詭弁を好む。

 そもそも、パチンコの害とカジノの害は別モノだ。
 金額、頻度、客層すべてが異なっている。

 しかも、カジノにはマネーロンダリングに使われるかもしれないという別種の問題があるし、貸金業の免許を持たないカジノ業者が顧客に金を貸す(つまり、負け分の支払いを一定期間猶予することで、所持金以上の負けを背負わせることができる)ことがもたらす害悪もまだ、どんなものになるのかはっきりわかっていない。

 もうひとつ言えば、新しい悪徳を迎え入れることで、古い悪徳を根絶できるとする考え方がどうにもファンタジックである点を指摘せねばならない。

 「パチンコのような各方面とズブズブになっている腐敗した脱法賭博を生きながらえさせるよりは、いっそ、国がきちんと管理して透明性を確保したうえで、クリーンな賭博場を開帳した方がいいではないか」

 という、さきほどご紹介した主張は、

 「パチンコのような半世紀以上続いている産業を一朝一夕に根絶できると思ったら大間違いだ」

 という意味でも、

 「カジノみたいなそもそも賭博であるものを『クリーン』に開帳できると思ったら大間違いだ」

 という意味でも、二重に大間違いだ。