およそ鼻持ちならない話だ。
 音楽を聴くという行為は、共同的な経験である一方で、そのうちに強固な不寛容を含んでいる。

 大勢でひとつの空間を埋める音楽に浸る時間は、貴重で、また楽しい経験でもある。が、個々の人間の内部に入り込んできた音楽は、個人的な体験に翻訳される。そして、その個人的な体験の中には、少なからぬ度合いで、排他的な心情が含まれることになる。

 音楽は、政治的な運動のフックになることができる。
 でも、私は、音楽の政治利用については、もはや心配する必要はないと考えている。

 理由は、同じ世代の若い人間がほぼまるごと、ひとつのジャンルの音楽について同じ勘違いを抱くような時代はもう二度とやって来ないと思うからだ。

 今回の論争で、互いを罵倒しあっているのは、音楽に過剰な思い入れを抱いている人々と、政治に過剰な熱意を持っている人々で、大多数の普通の人たちは、最初の2行で読むことを放棄している。

「キモいよね」

 というのが、彼らの感想で、一般論を言うなら、その感想が一番正しい。
 ただ、キモくない人たちには、何もできないということも一応言っておく。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

で、オダジマさんは
「キモい」んですか、キモくないんでしょうか?

 当「ア・ピース・オブ・警句」出典の5冊目の単行本『超・反知性主義入門』。おかげさまで各書店様にて大きく扱っていただいております。日本に漂う変な空気、閉塞感に辟易としている方に、「反知性主義」というバズワードの原典や、わが国での使われ方を(ニヤリとしながら)知りたい方に、新潮選書のヒット作『反知性主義』の、森本あんり先生との対談(新規追加2万字!)が読みたい方に、そして、オダジマさんの文章が好きな方に、縦書き化に伴う再編集をガリガリ行って、「本」らしい読み味に仕上げました。ぜひ、お手にとって、ご感想をお聞かせください。