具体的には、「音楽」なり「ロック」なりが、もはや往年の影響力を失っているという、今回の議論を通じて私が到達した感慨が、たぶん、若い人たちには了解不能なのだろうな、ということが私の伝えたいことの大部分だということだ。

 ポール・マッカートニーの歌に「サム・ピープル・ネバー・ノウ」という歌がある。
 直訳すると「わからない人たちにはわからない」ということだ。
 私は、25歳の頃、この歌をパクって、「できないことはできない」という歌を書いたことがある。

 以上は、余談だ。
 音楽の話は余談含みで展開しないと正確に伝えることができない。
 以下、たぶんわからない人にはわからないと思うが、書くだけ書いてみることにする。

 私の世代のロックファンにとって、「ロック」ないし「音楽」は、人生の一大テーマであり、それなしには生きていくことさえ不可能だと考えられるところのものだった。

 大げさに聞こえるかもしれないが、私はある時期まで本気でそう思っていた。
 いまにして思えば、その考え(No music no lifeとか)は、半ば以上錯覚であり、それ以上に思い上がりだった。

 どういうところが思い上がりだったのかというと、私の世代の若者は(あるいは「少なくとも私は」と言った方が良いのならそう言うが)、音楽に惑溺している自分を、人並み外れてセンシティブだからこそ音楽無しには生きられないのだというふうに考えていたのである。

 現時点から見れば、どうにも手に負えない自家中毒だと思う。現実逃避でもある。
 バカみたいだと思う若い人たちは、笑ってもかまわない。

 が、ともあれ、そういうふうに「こじらせて」いるというまさにそのことが、当時は、ロックファンがロックファンであるための条件であると信じられていたのだ。

 もう一度70年代がめぐってきて、もう一度自分が14歳からやり直すのだとしたら、私は、何も知らぬままに、またしても空回りしたロックファンをやり直すか、でなければ、未来から持ち帰った記憶の恥ずかしさに対処できずに死んでしまうことだろう。

 どんな分野でも、マニアは、独善的な部分を備え持っている。

 1970年代から80年代に青春期を過ごした者にとって、音楽、その中でもとりわけ「ロック」は、人格を識別する標識だった。ヘアスタイルはもちろん、ファッションの好みも、読書傾向も、果ては支持政党から酒の飲み方に至るまでが、ロックのおまけだった。そうやって、私は、自分の不適応を音楽によって癒やし、音楽を通じて現実世界を遠ざけていた。

 もちろん、それは今から振り返れば勘違い以外のナニモノでもない。
 が、一人の人間の人生を何十年間にわたって支配し続けた勘違いは、間違った考えであるからという理由で、簡単に引っ込められるものでもない。足が曲がっているからといって、切り落とすわけにはいかない。人生というのは曲がった足で歩いて行く道のりを指す言葉だ。君は私に死ねというのか?

 私は、音楽の趣味の合わない人間を遠ざけていたし、音楽に冷淡な人間は軽蔑していた。
 そういうところが、要するにロック好きの人間の選民意識だったわけで、ロックファンの政治志向も、だから、その種のどうにもイヤミな選民意識と無縁ではなかった。