何かを政治的に利用することがすなわち悪だと言っているのではない。
 私は、「音楽を政治的に利用するな」という言い方もまた、音楽を政治的に利用するレトリックのひとつだということを指摘しているに過ぎない。

 もっとも、彼らの主張が政治的であることはともかくとして、

「音楽のために集まった人間を相手に、場違いな人間が政治宣伝をしてるんじゃねえよ」

 という言い分に、まったく正当性が無いのかといえば、そんなことはない。
 十分に一理はあると思う。

 実際に、音楽を聴くためにフェスティバルに参加したのに、案に相違して政治の話を聞かされることを不愉快に思う聴衆は確実にいるだろうだからだ。

 ただし、私の見るに、現在、ネット上で、「音楽に政治を持ち込むなよ」ということを強硬に主張している人々の多くは、自分が純粋に音楽を聴く環境をかき乱されたくないからそう言っているのではない。それどころか、彼らの大半は、そもそもフェスティバルにやってくるつもりはない。単に奥田愛基氏の出演を阻止したいから、音楽を人質に取ってものを言っているだけだ。

 とすれば、そんな声に耳を傾ける必要はない。

 そもそも、フジロックの中で奥田愛基氏が出演することになっている「アトミックカフェ」という企画は、2012年に津田大介氏が司会を務めて以来、今年で5年目になる恒例のトークコーナーだ。

 「アトミックカフェ」は、タイトルが示唆している通り、毎年、政治的な話題含みで進行している。
 その意味では、政治的なイベントと言っても良い。

 ただし、当然のことながら、当コーナーは、フジロックにやってきた人間が、全員、視聴を義務付けられている必修の講義ではない。アトミックカフェは、多様なプログラムを備えたフェスティバルの会場の一角で、時間限定で開催される、一トークイベントに過ぎない。

 であるからして、気に入らない人間は、参加しなければ良い。それだけの話だ。
 仮に、政治に強い忌避感を持っているフェス参加者がいるのだとして、その彼または彼女が、政治的な企画の開催を阻止したり、特定の出演者の登壇を妨害する権利を持っているのかというと、そんな権利はそもそもどこにも存在しない。

 というわけで、この話はこれでおしまいにする。反論のある人は手近な紙袋の中にでも喚いてみるのが良いと思う。私の耳には届かないが、多少、気持ちはおさまるだろう。

 今回、ウェブ上のやりとりを眺めていて私が好奇心をそそられたのは、むしろ派生的な議論の方だった。

 奥田氏のフジロック出演を阻止しようと考えた人たちが、あくまでも便宜的なスローガンとして持ち出した

「音楽に政治を持ち込むなよ」

 というフレーズが、本筋とは別のところで、多くの人々の心をとらえた点が、私にとっては、印象的だったということだ。