ここで言う「壁の中のレンガのひとつ」というのは、彼の国の労働者階級が抱いている鉄壁の諦観を象徴する狷介不屈にしてパンクな極上のフレーズだと思うのだが、同じセリフを、うちの国の政府は、政権の側から発信している。

 つまり「人づくり改革」は、その行間において
 「われわれは、君たちを素材に壁をつくるつもりだよ」
 という決意を物語っている。

 安倍さん自身がそう言っているわけではない。
 が、私の耳にはそういうふうに聞こえている。
 間違っているのは私の方なのかもしれない。
 その可能性は否定できない。認める。

 これらの「改革」を立案し、企画し、推進している人々は、たとえば、「教育」の「再生」を「実行」しようとしているわけだが、その彼らの観察の中では、「教育」は「死滅」している。

 逆に言えば、「教育」が「死滅」なり「滅亡」しているという前提を共有しているのでなければ、「再生」という言葉は出てこない。

 つまり彼らの認識では、この世界は、滅びかかっていて、危機に瀕していて、岩盤の下で押しつぶされようとしているわけで、だからこそ、「改革」して、「取り戻し」て、「ドリルで穴」を開けなければならず、そのためには、「教育」を「再生」しつつ、「人」を「つく」り、「みんな」に「チャンス」を与え、「一億」を「総活躍」させなければならない。だからこそ彼らは、あらゆる改革を画策し、推進し、叱咤し、絶叫しているわけなのである。

 私は、こういったタイプのやたらと活性の高い動詞が頻発される種類の文体を好まない。

 出版の世界では、「起業力」「雑談力」「地頭力」「察知力」「プラットホーム力」「褒め力」「勉強力」「メール力」「メモ力」「モテ力」「抱擁力」みたいな調子の、「◯◯力」をタイトルに冠した、およそ新味も工夫もありゃしない志の低い書籍が、すでに5年ほど、出版され続けていて、現場の人間たちがほとほとうんざりしているにもかかわらず、それぞれにそこそこの売り上げを記録していて、それがために、出版世界のレンガの一片たるわれわれは、かなりの度合いでうんざりしていながらも、今日もまた、新しい「◯◯力」を見つけ出しては書籍化する努力を続行している。それほどに、出版の世界の自己啓発依存は深く、書店に足を運ぶ若い人たちの自己啓発ビジネス書籍への傾倒もまた一向に改まらない。

 言わずもがなだが、この世の中は「レンガ」がなくては構築できない。だから、誰でも、人生のそれなりの部分を、社会なり組織の一員として担っている。当たり前のことだ。
 申し上げたいのは、どこかの誰かが理想とする「レンガであること」を押し付けられる世の中なんてごめんだよ、ということだ。

 最初に好き嫌いの話をしたことでもあるので、最後まで、好き嫌いを述べることで話を終えることにする。