私は、『新潮45』の昨年の7月号に寄稿した原稿の中で、

「つまり、本職のジャーナリストや記者の中に、忙しいカラダの都知事閣下が、多忙なスケジュールの中で書き飛ばした原稿を上回る記事を書き上げた人間が、一人もいなかったということだ。」

 と書いている。五輪のスタジアムをめぐる無責任体制を論評した記事としては、いまも昔も、舛添さんの原稿が一番冴えていたということだ。

 仮に、都知事が舛添さんでなくて、もっと「空気の読める」(つまり、日本の政治家にありがちな、以心伝心の腹芸ができて、なあなあの話がこなせて、「皆まで言うなお主の心は分かっておる」式の、コミュ力番長の政治家だったら、説明不足の資金提供を求められても、そこは都と国の関係において、あるいは選挙で応援してくれた自民党との義理に応えて、お互いの貸し借り関係の中で、あっさりとカネを出していたはずだと思っている。

 元首相のような人間がかかわっている五輪関係のやりとりの中で、予算の支出を拒否することや、スタジアム計画に疑義を呈することは、普通の政治家には非常にむずかしいことだ。そういうことができたのは、舛添さんだったからだと、少なくとも私はそう思っている。

 ほかにも、舛添さんは、いくつかの五輪の案件をツブしている。
 つまり、この人は、筋の通らないことや、理屈に合わないことは本来受け付けない人なわけで、そこのところは、政治家としては明らかな長所だったはずなのである。

 舛添さんが、知事の座を追われた背景には、これから先、東京五輪に関連する計画をあれこれ推し進める上で、予算が想定外に膨らんだり、突発的な計画変更が発生したりすることを睨んで、都知事が舛添では、うまくコトが運ばないことを恐れた人々の思惑も、多少は影響しているのだと思う。自民党がわりと早い段階で舛添擁護を断念した背景には、彼自身が五輪予算推進の障害になっていたということが関係していたのではなかろうか。

 次の都知事が誰になるのかにはあまり興味がない。
 橋下徹氏でさえないのなら、誰でもかまわないと思っている。
 もう一度石原さん? 眉毛の立派な息子のほうだったら万々歳だ。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

息子といえば、嵐のメンバーのお父さんの名前も
候補者の予想に上がっておりました…。

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