特筆すべきは、1638のリプライ(返事)がついていることだ。それだけ、反響が大きかったということではあるのだが、そのリプライをアタマから読んでいくと、あらまあびっくり、ほとんどがツイート主への反論である。リプライを返した人々は異口同音に、「HINOMARU」への抗議行動の呼びかけを強い口調で非難している。

 こうした流れを受けて、同じ日にある政治学者が以下のようなツイートを書き込んでいる。 

《右であれ、左であれ、自分の意見をいう自由は認められなくてはならない。歌詞が気に入らないから歌うなというのは、表現の自由を奪う行為。何故、「リベラル」は、この蛮行を批判しないのか?彼らは自由を愛するのではなく、我が国を憎悪しているだけではないのか?》(こちら

 このツイートは、これまでのところ、RT5239、いいね9126の、リプライ139を記録している。一方の代表的な意見と見て良いだろう。

 このツイートに対して、私は、当該ツイートを引用した上で、以下のような文言を付け加えている。

《「歌詞が気に入らない」と感じ「歌うな」と発言することもまた「言論」「意見」「表現」であるということがどうしてわからないのか。「表現・言論の自由」は、あくまでも公権力が国民の表現・言論を弾圧することからの自由を保障したものであって、国民同士の意見の対立はむしろ自由の成果だぞ。》(こちら

 この私のツイートには、RT796、いいね970、リプライ72のアクティビティーが返ってきている。

 以上、ここに挙げた3つのツイートへの反応を見る限り、少なくともツイッター上では、「HINOMARU」への抗議行動に賛同する人より、「HINOMARU」への抗議行動に反発する人の方がはるかに多いことがわかる。

 私自身、誰かの歌が気に入らないからという理由で、ライブ会場の前で抗議行動を呼びかけたり、すでに発売されているCDの廃盤を求めたりすることはナンセンスだと思っている。自分自身が不快感を表明することはともかくとして、相手に「歌わないことを求める」のは、筋違いであるのみならず愚劣な態度だとも考えている。

 じっさいのところ、冒頭の、この作り物っぽい3つしかツイート履歴のないアカウントが呼びかけている抗議行動は、反応を見る限りでは、まるで成功しそうに見えない。私は、この抗議行動の呼びかけ自体、本気でやっているもなのかどうか、いまひとつ信じきれないでいる。

 さてしかし、本物かどうかさえわからないこのバカげた抗議行動への反発は本物だ。
 ツイッター上では、「言論弾圧」への反撃の書き込みが溢れている。

 私は、抗議デモが実際に本当に行われたならともかく、歌に苦情が寄せられた程度の事実をとらえて、「弾圧」という言葉を使って騒ぎ立てることもまた、典型的な過剰反応だと思っている。

 結局、今回の騒動を通じて、最も大きく燃え上がったのは、「HINOMARU」という歌への抗議の声ではなくて、歌の作者が謝罪したことによって生じた「言論弾圧を許すな」という反作用だった、というのが、私の観察結果だ。