「これまでのお約束とは異なる新しい判断」てなことで、約束を反故にすることがアリになったら、この社会を支えている信用秩序はガタガタになるぞ、というのが彼らの批判の主たる内容だ。

 同感だ。

「おまえから借りてるカネだけどさ、返済期限と利子についてこれまでの約束とは異なる新しい判断で対応することにしたんでそこんとこよろしくたのむわ」

「おい。チャーシューメンが3500円って、これ、どういうことだ?」

「はい、メニューに記載しているお値段とは異なる新しい判断で代金をご請求させていただいております」

「先生、レポート提出の期限ですが、新しい判断で夏休み明けまで延期させてもらいます。枚数についても新しい判断で検討中です。よろしくどうぞ」

 てな調子で、前言撤回が自在にできる世の中になったら、正直な人間は生きていくのが難しくなるだろう。もしかしたら、すでにそうなっているのかもしれないが。

 それにつけても訝しいのは、このとてつもない言葉を発明するに至った首相の内心の変化だ。

 こんな

「立ち読みじゃないよすわり読みだよ」

 じみた小学5年生の頓智みたいな言い訳を、いったい脳のどの部位を活性化させれば、思いつくことができるようになるのだろうか。

 問題は、この「新しい判断」という新機軸のディベート技術の出来不出来ではない。
 どうしてここまで他人をナメた理屈を持ち出してまで、真摯な謝罪を拒む精神状態に首相が陥ってしまったのかということが、真に重要なリスクだと思う。

 考えなければならないのは、首相が、単に子供じみた意地で謝罪を拒否しているのではなくて、より周到な深謀遠慮の結果として、アクロバチックな強弁を敢行している可能性についてだ。

 説明する。
 私が恐れるのは、首相のアタマの中では、

「謝罪するリーダーは信頼を失う」

 という公式が牢固として根を張っていて、だからこそ彼は、素直に謝った方が楽なケースでも、決してアタマを下げることをせずにいるのかもしれないということだ。

 普通に考えれば、今回の事態で、たとえば、

「アベノミクスは、いまだ道半ばです。残念ながら、わたくしどもの施策は、完全な結果を出すに至っていません。このうえは、国民の皆様に自らの不明と至らなさを謝罪するとともに、いましばらくの猶予をいただくことを、伏してお願いする所存です」

 ぐらいなことを言って、きっぱりとアタマを下げれば、消費増税の延期自体は、そんなに大きな失点にはならないと思う。

 なにしろ、安倍首相の支持率は、多少の変動はあるものの、中長期的には高い水準で安定している。
 とすれば、真率な謝罪と説明は、かえって首相個人への支持と共感を高める結果をもたらす可能性すら考えられる。