大げさだと思うかもしれないが、私は、不快な展開に至る可能性をどうしても排除することができない。
 で、どうせたいした趣味でもないことだし、路上写真の撮影はあきらめようと考えている次第だ。

 私が写真撮影という趣味から撤退したことそのものは、臆病な前期高齢者があれこれ考え過ぎたあげくに、萎縮した姿に過ぎないといえばその通りだ。

 が、「共謀罪」がもたらすであろう最大の被害は、実に、その種のなんでもない萎縮それ自体なのである。

 特高警察に引っ張られて死に至る拷問を受けるといったようなヤバい事態が起こるのかどうかはともかく、おっさんが気軽にシャッターを切れなくなる近未来は間違いなくやってくるのであって、それは、どうでも良いことのようでいて、われわれの市民生活を、かなり根本の部分で傷つけるできごとであるはずなのだ。

 昔は良かった、と、単純に昭和の時代を賛美するつもりは無いのだが、ひとつだけ言えるのは、私たちの暮らしているこの21世紀の社会が、貧しくも不潔で乱暴だったあの昭和の時代とくらべて、ずいぶんと窮屈な世界になってきているということだ。

 私が子供だった頃は、たとえば近所の広場で野球をやっていると、
「オレにも打たせろ」
 というおっさんが必ず現れたものだった。

 そうでなくても、ピッチングを教えようとするオヤジや、バットの持ち方に文句をつけてくる爺さんがあとからあとから現れた。

 21世紀のおっさんは、そういうことはできないことになっている。

 おっさんが子供に声をかけると「声かけ事案」ということで、携帯電話ベースの防犯ネットワークでシェアされかねないからだ。
 だから、私は近所を歩く子供たちに話しかけることはしない。

 この先、「共謀罪」が施行されたら、どんな理由でいきなり検挙されるのか、見当もつかない、と、私は半ば本気でそう思っている。

 われわれが暮らしているのは、平日の夜に歌舞伎町の風俗店に行ったというだけのことで、法に触れることはひとつもしていないにもかかわらず、全国紙の紙面で
「批判が上がりそうだ」
 てな調子で血祭りにあげられてしまう、そういう国なのだ。

 権力は、どんなことだってやってのける。
 ということはつまり、われわれは、どんなふうにでも踏みつけにされ得るということだ。

 私は、政権が目をつけるような大物ではない。
 私の書き散らすコラムが官邸に脅威を感じさせているとも思っていない。
 安倍首相をはじめとして、政権のメンバーは、誰であれ、オダジマの書く原稿に、ひとっかけらの痛痒すら感じていないはずだ。

 それでも私は、近所の子供にうっかり声をかけようとは思わないし、路上に一眼レフを持ち出そうとも思わない。

 彼らは、その気になったら、どんなことでもやってのける。
 実際にやってのけるのかどうかは、この際たいした問題ではない。
 権力はどんなことでもやってのけると、私にそう思わせた時点で、彼らの勝ちなのだ。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

「誰もスピード違反を(怖くて)しない社会」は
ある種の人々には理想郷なのかもしれません。

 当「ア・ピース・オブ・警句」出典の5冊目の単行本『超・反知性主義入門』。相も変わらず日本に漂う変な空気、閉塞感に辟易としている方に、「反知性主義」というバズワードの原典や、わが国での使われ方を(ニヤリとしながら)知りたい方に、新潮選書のヒット作『反知性主義』の、森本あんり先生との対談(新規追加2万字!)が読みたい方に、そして、オダジマさんの文章が好きな方に、縦書き化に伴う再編集をガリガリ行って、「本」らしい読み味に仕上げました。ぜひ、お手にとって、ご感想をお聞かせください。

 小田嶋さんとは関係ないお話で恐縮ですが、以下、『末路本』のご紹介を担当者Hからさせていただきます。どうぞ。

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 …「出会い系」の末路は載っていないようですが、中身は今回の小田嶋さんのコラムと大いに通じていると思います。ぜひご一見を。(Y)