でなくても、安全策として設けられているはずの衆議院と参議院という二つの枠組みの議会の両方で、政権与党が、いわゆる「強行採決」可能な過半数を大幅に超える議席数を確保している事実は、動かしようがない。

 つまり、彼らは議決に関して、自分たちの意思を通す権限を持っている。
 そして、それを許したのは私たち選挙民だ。
 こう考えると、グウの音も出ない。

 野党がことあるごとに繰り返している「議論が尽くされていない」という主張は、一応、もっともではある。

 「共謀罪」の法理について、法務大臣がまともな説明を提供できていないという各方面からの指摘も、まったくその通りで、私自身、今国会の審議ほどデタラメで不毛で失礼でバカバカしいやりとりは、見たことがない。特に金田法相の答弁は、私がこれまでに見た大臣の受け答えの中で文句なしに最低の部類に属する。 

 とはいえ、この先、何百時間議論を重ねたところで、採決の結果が変わないことははっきりしている。

 また、仮に、法務大臣が金田さんでなくて、代わりに猛烈にアタマの良い説明能力の権化みたいな大臣が、百万言を費やして「共謀罪」の意義と必要性を説いたのだとしても、だからといって野党側が
「なるほどおっしゃるとおりですね」
 と、法案賛成にまわることもあり得ない。

 ということはつまり、議論が尽くされていようが尽くされていまいが、大臣が無能だろうが有能だろうが、審議が白熱しようがシラけようが、法案についての説明責任は果たされていようがいまいが、法案の可否は、結局のところ、最終的に、与野党双方の議席の数を反映するカタチで決まることに変わりはないわけで、誰がどうわめいたところで、結果ははじめからわかりきっている。

 これは、ほどなくやってくる採決が乱暴かつ不当な経緯を踏んだものであるのだとしても、経緯の不当さを訴えることで、採決の結果をひっくり返すことは不可能だということでもある。

 野党側が、今国会に与党側が繰り広げている一連の無体なやりざまを訴える先は、まどろっこしいようではあるが、次の選挙のための下地づくりの部分に限られる。

 「あなたがた有権者は、こんなにひどい国会審議をしている与党議員に対して、これからも与党としての議席を与え続けるつもりなのですか」

 と問いかけるのが精一杯だということだ。

 結論を述べる。

 いま現在、「共謀罪」に反対する気持ちを抱いている人間にできることは、

「こんなにも杜撰な説明で法案を通そうとしている人たちに、単独での議決を強行するに足る議席を与えてしまった自分たちの投票行動をしみじみと反省すること」
 と、
「次の選挙では、間違っても前回と同じミスをおかさないように、現在起きていることをしっかりと記憶しておくこと」

 ぐらいだというのが、前半部分で伏線を張っておいた「あきらめた先の未来」だということになる。 

 まあ、たいした未来ではない。
 私は、半ばあきらめている。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

あまりにお約束ですが、安西監督の名台詞を。
「最後まで…希望を捨てちゃいかん。あきらめたらそこで試合終了だよ」

 当「ア・ピース・オブ・警句」出典の5冊目の単行本『超・反知性主義入門』。相も変わらず日本に漂う変な空気、閉塞感に辟易としている方に、「反知性主義」というバズワードの原典や、わが国での使われ方を(ニヤリとしながら)知りたい方に、新潮選書のヒット作『反知性主義』の、森本あんり先生との対談(新規追加2万字!)が読みたい方に、そして、オダジマさんの文章が好きな方に、縦書き化に伴う再編集をガリガリ行って、「本」らしい読み味に仕上げました。ぜひ、お手にとって、ご感想をお聞かせください。

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