法律は、どんな法律でもそうだが、現実に追随できない。
 時代が変化したり、社会の構成メンバーが変われば、古い法律は新しい世界を制御できなくなる。

 たとえば、覚せい剤取締法や大麻取締法が想定していない新しいタイプのケミカルなドラッグが登場すると、新しい法律ができるまでのしばらくの間、それらの新顔のドラッグは「脱法ドラッグ」として、世間に流通してしまう。

 同じように、経済のグローバル化が進展して、金融市場の国境が取っ払われてみると、当然、カネの流れは、各国の徴税の仕組みや税率の違いや法整備の濃淡を反映して、水が低きに流れるのと同じように、法の網の目の粗い場所に向けて流れて行くことになる。

 新しい国際的な取り決めができるまでの間、この種の租税回避のための資金移転は、適法と言えば適法ということになる。
 が、適法であっても、倫理的にはアウトな資金の流れはいくらでもある。

 というのも、納税は国民国家を国民国家たらしめている最も重要な約束事で、もしこの点で税務当局が国民なり企業なりの実態を把握できなくなっているのだとしたら、それはすなわち国家の崩壊だからだ。

 つまり、お国に税金を払わずに、資金を海外に逃がす人間または企業は、たとえその手法が適法だったのだとしても、国民国家の枠組みから来る倫理観からすれば、おかしなふるまいをしていることになる(もう少し扇情的な言い方で表現すると「売国」だ)。

 これから先、リストに名前が載っている企業や個人は、ただちに断罪されたり、その場で制裁を受ける羽目には陥らないまでも、長い目で見れば、一定の説明責任を果たす義務を負うことになるはずだ。

 その説明に、耳を傾けたいと思う。
 それが私たちの新しいゲームになるはずだ。
 実社会のゲームは、「ルール」(法律≒理性)とは別立ての「倫理」(世論≒感情)が動かしている。
 どんな展開になるのか、大変に楽しみだ。

 そういえば、パナマ文書の話題が流れはじめた頃、ツイッターのタイムライン上に「タックスヘイブン」という言葉について親切に解説するツイートが流れてきた。

 そのツイートの言うには、この言葉を、「脱税天国」みたいに思っている人がいるけど、それは間違いで、「ヘイブン(haven)」は、「嵐の時に船を避難させる回避地」の意味で、よく似た発音の「ヘブン(heaven)=天国」とはスペルも意味も違うということだった。

 なるほど。目からウロコだ。

 私は、恥ずかしながら、そのツイートを読むまで、てっきり「脱税天国」だと思っていたクチで、ということは、この娑婆世界を徴税地獄(tax hellぐらい?)ととらえている堀江さんと大差の無い餓鬼畜生道の亡者なのかもしれない。

 ルールブックの前に、辞書を引くべきだった。
 いましめねばならない。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

神様、天国とまではいいません。避難所でもぜんぜん結構です――
【おっと、今回は最後に告知がございます】

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