では、どうして前回の暴言がセーフで、今回の言葉足らずの失言がアウトと判断されたのだろうか。

 もちろん、大前提として累犯ということはある。
 いくらなんでもこんな頻度で暴言を繰り返していたら、つながるクビもつながらない。
 当然だ。

 とはいえ、起こった事実に即して事態を見直してみると、前回の暴言がセーフだったのは、記者会見の席で発された言葉だったからで、今回の失言が即座にアウトと判断されたのは、首相が出席する派閥のパーティーの中で繰り出された言葉であったからであるように見える。

 要するに、今村氏は、被災地の人々の感情を踏みにじったことよりも、むしろ、首相の顔をツブした罪によって更迭されたのである。

 真意を読み取れない人たちの反論がやってきそうなので、もう一度補足しておくが、私は、「東北で良かった」発言を擁護したくてこんな話をしているのではない。

 真意がどうであれ、ああいう言葉の使いかたしかできなかった時点で政治家としては失格だし、まして到底大臣の重責を担える人間ではないことははっきりしている。

 ただ、問題はそこではない。私が強調したいのは

 「被災者の感情を踏みにじる発言はセーフでも、首相の体面を損なう発言はアウト」

 であるような、現政権の任免の基準が、既に独裁国家の恐怖人事の水準に到達しているということだ。
 こんな基準で人事権を振り回されたのでは、党内は萎縮せざるを得ないではないか。

 もうひとつ気になることがある。
 今村氏の更迭を受けた二階俊博自民党幹事長の発言だ。

 二階氏は、

 「人の頭をたたいて、血を出したっていう話じゃない。言葉の誤解があった場合、いちいち首を取るまで張り切っていかなくてもいいんじゃないか」

 と言っている。

 「人の頭をたたいて、血を出した」とは、これまた恐ろしく無神経なもののたとえで、もしかしたら、今村前大臣の言葉の使い方の粗雑さは、所属派閥の領袖である二階さんゆずりの芸風なんではなかろうかとすら思えるのだが、そのことはとりあえず措く。

 ここでは、幹事長の事実誤認を指摘しておきたい。
 幹事長は、今村大臣が「首をとられた」のは、誰かが「張り切った」からだというふうに事態を分析しておられる。

 とすると、その誰かとは誰だろうか。
 首相だろうか?
 まさか。
 とすると、マスコミだろうか?
 おそらくそう思っているのだろう。
 というのも、「人の頭を……」のすぐ後に、二階さんはこう言っているからだ。