私自身の立場は、この時点からあまり変わっていない。

 私は、現在もツイートした当時も、原発の停止について、明確な主張を持っているわけではない。
 停止にも運転することにもそれぞれのリスクとメリットがあって、それを慎重に勘案しないと結論は出ないとは思っている。

 が、私個人として、今回の川内原発の運転/停止について、自分が、単独で判断できるほどの知識や能力を持っていないというふうに感じている。
 ただ、運転するにしても、停止するにしても、十分な議論と説明が為されるべきだと考えている。

 私のところに寄せられたリプライの多くは、単なる罵倒に終始している。

「素人は黙ってろ」
「こんなに低能だとは思っていなかった」
「あきれたじじいだ」
「九州がブラックアウトするが、それでも良いのか」

 これでは話にならない。

 議論が分かれているのは、主に

1.原発を停めることで、被災地が電力不足で苦しむことになるのか否か
2.原発を停めることで、放射能漏れやメルトダウンのリスクが回避できるのか

 の二点だ。

 1.については

a.つい半年前まで動いていなかった原発を、余震がおさまるまでの間、ひと月かふた月止めたところで、ただちに深刻な電力不足が起きるとは思えない。
b.何を言っているのだ。地震の影響で火力発電所がダメージを受けているし、送電網においても熊本は孤立している。この上原発が停まったら、被災地はピンチだ。

 2.については

a.停止すればただちにリスクが回避できるわけでもないし、すべてのリスクが消失するわけでもない。が、停止して炉心温度が下がっていれば、たとえ深刻な地震に見舞われても対処はずっと楽になる。
b.停止するのにも再開するのにも一定のリスクがある。しかも、原発には燃料があり、炉心はすぐには冷えない。だから、リスクは停止したところでたいして変わらない。

 という二つの異なった立場からの指摘がある。
 どっちが真実でいずれが間違っているのかは、現段階での私の知識と観察範囲からは、断定できない。

 ただ、現時点でわかるのは、双方の議論が、そんなにかけ離れたものではないということだ。

「停止と運転なんだから、正反対じゃないか」

 と言うかもしれないが、結論は、正反対でも、そこに至る過程で検討される条件は、そんなにかけ離れていない。すなわち、双方の結論のメリットとデメリットをすべて検討した上で、ものを考える時、両者は、同じポイントで同じことを考えているはずだ、ということだ。

 違うのは、最後の最後で、メリットとデメリットを天秤にかける時の、天秤の傾きの行方だけで、その傾きだって、そんなに大きな角度ではないかもしれない。

 停めるには停めるメリットとデメリットがあるし、運転し続けるには運転し続けることに伴うリスクとメリットがある。

 要は、どっちのメリットとリスクを重く見るかという評価の問題で、そこのところは、政治の問題ともかかわっている。

 だからこそ3番目の、

3.震災を政治的に利用するな

 という批判が出てくる。
 もしかしたら、私を罵倒して行く人が最も強く訴えたいのは、この点なのかもしれない。