つまり、誰もがスマホを持つ時代になって、身の回りで起きている野蛮な出来事や暴力的な事件が、その場で撮影されて拡散されるのが当たり前になったことで、この世界の残酷さや野蛮さが、実態以上に強調されているのだとしても、だからといって、動画の中で起こっている野蛮さや残酷さが軽視されて良いことにはならないということだ。

 この種の(つまり「野蛮な」ということだが)動画がリツイートされてくるたびに思うことだが、私は、動画から受け取る印象そのものよりも、動画に対する率直な感情を表明している人たちと、その人たちの感情を冷笑する人々の間でやりとりされる不毛な口論に、毎度のことながらうんざりさせられる。

 動画の残酷さを嘆く人々も、動画の残酷さへの反応の大仰さを冷笑する人々も、大筋としては、自分の率直な印象を語っているだけなのだろうとは思う。

 ただ、SNSのような場所でやりとりされる「感想」は、個人の感想である事情とは別に、その人間の「対外アピール」として互いにぶつかり合うことになっている。

 と、暴力に辟易している人々と、暴力への反発を表明する人間の偽善に腹を立てている人々が、お互いを誹謗しあうみたいな展開になって、事件そのものは背景に退く結果になる。

 この口論は、動画の中で展開されている暴力以上に見物人をうんざりさせる。
 そういうふうにして、世の中は動いている。

 つまり、私たちは、公然とやりこめてもかまわない相手を発見するべく、今日もスマホの画面をスクロールさせているということだ。

 もしかしたら、われわれが、暴力が記録されている動画に群がるのは、暴力を恐れているからではなくて、むしろ、暴力がもたらす興奮に嗜癖しているからなのかもしれない。

 でなくても、暴力が扱われている動画を見た人間の何割かは、しばらくの間、暴力的な反応を示し続ける。
 SNSは、そういう世界にわれわれを誘引している。

 別の見方をすればだが、今回のケースのように、航空会社の暴挙が全世界に向けて可視化され、結果として当該の会社の株価の暴落を招いたことは、顧客サービスにたずさわる業界の人間たちに、ひとつの教訓を与えたはずだ。

 顧客は、常に秘密裏に自分たちの仕事ぶりを撮影している。
 とすれば、あらゆる機会において、最善のサービスを提供していないと、今回のケースのように、いつ、不適切な一部分を切り取って撮影されて、告発されることにもなりかねないぞ、と。

 実際、SNSならびにネット動画の普及は、サービス業に大きな脅威をもたらしている。
 今回の事件以外にも、特定の企業なり店舗が、顧客への対応のまずさをツイッターやフェイスブックに晒された結果、苦境に陥ったケースは少なくない。

 とすると、ネット炎上のおかげで、世界のサービスは向上し、われわれの社会は、より快適になるのだろうか。