国会の答弁にも、この傾向はあらわれている。
 つい昨日(4月11日)、衆院予算委員会での質疑の様子を映し出すテレビ中継を見るともなく見ていたのだが、国会でも、焦点となっていたのは、質疑の内容ではなくて、時間の過ごし方だった。

 どういうことなのかというと、野党議員からの質問に答える首相ならびに政府側の答弁者が、回答の内容を研ぎ澄ますことよりも、ただただひたすらに「持ち時間をしのぎきる」ことに重点を置いて言葉を並べているように見えたということだ。

 質問者には、それぞれ所属する政党の議席数から割り出された質問時間があらかじめ割り当てられている。

 ということは、答える側が、質問とは直接に関係のない背景説明を延々と並べることで時間を浪費すれば、質問者の側の持ち時間を奪うことができるわけで、してみると、質問に対してどのような答えを提供するかではなくて、答えにくい質問に答えないためにいかにして余計な寄り道をするのかといったあたりが、答弁者にとっての当面の着地点になるからだ。

 サッカーのロスタイム戦術に似ていなくもない。

 説明する。
 サッカーの世界では、リードしている側のチームが、試合終了のホイッスルを間近に控えた2分か3分ほどの間、勝利を確実なものにするべく、点を獲るための努力を放棄して、あえて無駄な時間を空費する目的で、自陣ゴールライン際で無意味なパス交換を繰り返したり、コーナーキックエリア付近で身体を張ったボールキープを続けることがよくある。

 この間、競技としてのサッカーは死んでいる。
 というのも、サッカーはゴールを奪うためにボールを前に運ぶスポーツであり、そのほからならぬゴールを断念したところから出発する時間稼ぎのプレーは、原理的に非サッカー的な営為だからだ。

 であるからして、この種の露骨な非サッカー的時間稼ぎは、せいぜい3分間しか許されない。

 たとえばの話、リードしている側のチームが、終了10分前から時間稼ぎのプレーに走ったら、敵チームはもとより、味方チームのサポーターからも激しいブーイングを浴びるはずだ。もし仮に、露骨きわまりない時間稼ぎプレーを毎度10分間以上にわたって繰り返すチームがあったとすれば、そのチームは、早晩観客から見放されることになるだろう。

 ところが、わが国会では、なんだかんだで少なくとも3カ月以上にわたって、ほとんど答弁拒否に等しいダラダラした迂回答弁が繰り返されている。

 ゴールライン近辺でのボール回しがアンチサッカー的行為であるのと同じ意味で、現在繰り広げられている無内容な答弁は、非国会的、アンチ議会政治的な言語道断の非道ということになるはずだし、本来なら、こんなことを何カ月も繰り返している政権の支持率は、測定限界以下に低迷するはずだ。

 ところが、政権支持率は、大筋において安泰だ。森友問題が再燃しているこの半月ほど、じりじりと下がり続けてはいるものの、調査主体にもよるが、いまなお4割に近い底堅い支持層を確保し続けている。

 「とにかく、質問時間をしのぎ切ったのだからこっちの勝ちってことだろ?」
 と、首相周辺の人々が本気でそう考えているのかどうかはわからない。
 とはいえ、現政権のコアな支持層の多くが
 「こんなくだらない言い掛かりみたいな質問にいちいち真正面から答える必要はない」
 「とにかく相手の持ち時間を粛々とツブしながら、論点をはぐらかしおおせばOKなわけだ」
 「これで野党の側に追い打ちをかける手が無いのだとしたら、要するに連中が無能だってことだ」

 と考えているであろうことはどうやら間違いない。