そもそも、ありもしなかったエピソードを粉飾して偽史を捏造するような人々が、子供たちに向けて何を教えるというのだろうか。

 道徳、あるいは真心だろうか。
 それとも、教室で学ぶ子供たちが身に付けるべき学習態度を、彼らは教えているつもりでいるのだろうか。

 つまり、アレか? 文部科学省が道徳教材を通して子供たちに推奨している最も根本的な市民意識は、ウソつきの教える歴史を教えられた通りに信奉する鵜呑みしぐさだということなのか?

 文科省は、いまのところ「江戸しぐさ」を教材から外す考えを持っていないようだ。

 この記事の後半部分に、記者が文科省の教育課程課の担当者に取材した時の模様が一問一答の形で記載されている。

 以下、引用する。

江戸しぐさには批判も強い。なんでわざわざ取り上げるのでしょうか?

担当係長「時と場をわきまえて、礼儀ただしく真心をもって接することを考える教材として取り上げています」

江戸しぐさ自体が創作物だという批判がありますが。

「批判があることは知っていますが、今回の改訂では教材に追加する部分を議論しています。基本的に、既存部分はそれまでと変えていません」

教材を読むと、江戸しぐさそのものが事実であるとしか読めないように描かれています。批判があることを知っているなら、このような書き方をすべきではないのでは?

「道徳の教材は江戸しぐさの真偽を教えるものではない。正しいか間違っているかではなく、礼儀について考えてもらうのが趣旨だ」

見直すべきではないでしょうか?

「既存の部分は見直す必要がないと判断している」

事実でない教材で、礼節を教えるのは根本的にダメなのではないでしょうか。

「繰り返しになるが、道徳の時間は江戸しぐさの真偽を教える時間ではない」

 なんというのか、あまりにも典型的すぎて、論評の言葉が見つからない。