10年ほど前の流行語であった「政治主導」の目指したところは、省益や前例踏襲にとらわれがちな視野の狭い官僚の発想とは別の、より大局的な政治家の立案で行政を動かすというお話だった。それはまた、行政のリーダーシップを試験に通った人間(官僚)の手から選挙で選ばれた人間(政治家)の手に委譲することで、より国民の意思に近い政治を実現するストーリーでもあった。
が、政治の覇権争いが人治主義と縁故主義に傾き、選ばれてくる議員が世襲の三代目だらけである現状において、政治主導の理想は急速に色あせている。
それにしても、財務省をはじめとして、厚労省、防衛省、文科省の官僚たちはどうして自分たちの仕事を冒涜しにかかるみたいな暴挙に走ったのであろうか。
ふつうに考えれば、心あるパティシエがケーキの味見をするためにクリームに指を突っ込まないのと同じように、マトモな官僚は行政文書を捨てたりなくしたり改竄したりはしないものだ。
なのに、なぜなのか、この何年かの間に、見渡す限りのお役所で、本来なら優秀なはずのお役人が、一斉に自分たちの仕事に泥を塗りはじめている。
これは、大きな謎だ。
官僚の職業モラルがある日突然地に落ちたからこんなことが起こっていると考えることも不可能ではない。
ただ、私はそうは思っていない。
昨今の行政官僚の頽廃は、1人ひとりの官僚の不心得に起因する帰結ではなくて、官僚が官僚であるための基礎的な条件のうちの何かが毀損されたことによって生じている一時的な現象なのだと、私は推測している。
文書が隠蔽され、不当に廃棄され、改竄されているのは、なるほど、官僚のモラルが崩壊しつつあることの現れなのかもしれない。
しかし、だとすれば、ここへ来て廃棄されたはずの文書が発見され、隠蔽されていた文書が再登場し、改竄されていたはずの文書の改竄前の原本が出てくるケースが続発しているのは、あるいは、官僚がモラルを回復しつつあるからこそ起こっている事態であるのかもしれない。
個人的には、今後、より重大な文書が「発見」されることを期待している。
みなさん、がんばってください。
(文・イラスト/小田嶋 隆)
……今回の話が、映画館で見た悪夢につながりませんように(よろしければこちら)。

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<< 目次>>
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二日目 オレはアル中じゃない
三日目 そして金と人が去った
四日目 酒と創作
五日目 「五〇で人格崩壊、六〇で死ぬ」
六日目 飲まない生活
七日目 アル中予備軍たちへ
八日目 アルコール依存症に代わる新たな脅威
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