「政府は、総理大臣夫人について、公務員としての発令を要する公人ではないとしていて、安倍総理大臣の夫人の昭恵氏も、サミット=主要国首脳会議への同行など総理大臣の公務を補助する活動を私人として行っているという見解を示しています。」

 と、NHKのニュースは、この間の事情を説明している(こちら)。

 つまり、首相夫人はあくまでも「私人」なのだが、「私人」として首相の「公務」を補助していて、その私人としての公務の補助のために旅券が必要なので外交旅券を支給しているというお話だ。

 二重にも三重にも苦しい説明だ。

 「公務を補助するのって、公務じゃないの?」
 「外交旅券って、公務に携わる公人だからという理由で支給される公用旅券の一種だったんじゃないの?」

 という疑問に対して、無理矢理な論駁をした結果が、この閣議決定だということになる。

 なお、この日の閣議では、あわせて「大阪市の学校法人との関係を否定する」内容の答弁書も閣議決定している。
 これも、アタマがどうかしているとしか思えない。

 「首相夫人は私人である」という、「見解」は、それがどれほど素っ頓狂であっても、実態とかけはなれていても、「見解」である限りにおいて、「閣議決定」ないしは「政府見解」の範囲で扱うことのできる話だ。

 われわれの政府は、今後、誰がなんと言おうと首相夫人を「私人」として遇し、「私人」の立場で扱い、「私人」として処遇する決意であると受け止めれば、それは大変だろうなあとは思うものの、一応、彼らの意図を汲むことが不可能なわけではない。

 ところが、
《「森友学園」への国有地払い下げなどを巡り、財務省、国土交通省、文部科学省に対する政治家からの不当な働き掛けは「一切なかった」》
 というのは、これは、「事実」を争う問題だ。

 働きかけがあったのか無かったのかは、現在国会でその有無が争われており、メディアの中でも見方が分かれている、まさにその核心だ。

 これに対して、政府が
 「無かった」
 と言い張れば、公式に無かったことになるとか、そういう問題ではない。
 「われわれは無かったと考えている」
 ということだとしても、そう閣議で決定することに何か意味があるんだろうか。

 「あるのかと聞かれたので、なかったと答えたんだ」
 というだけのことなのかもしれないが、そんな閣議決定に意味があるのだとしたら、

「政府はこの件について働きかけが無かったという公式見解を押し通すことにしたので、今後、政権内の人間は絶対にこの点から外れたコメントをしないように」

 と、政権内部に対して引き締めをはかる意味ぐらいだろうか。
 とすれば、これは、首相が閣僚に対して
 「オレの言いなりになれ」
 ということを宣言しただけの話になる。

 そもそもの話をすれば、籠池泰典森友学園前理事長が受け取ったとしている安倍昭恵首相夫人からの寄付金の100万円についての話も、いま、こんなに大げさに騒がれているのは、首相自身が国会の答弁の中で、

「私や妻がですね、認可あるいは国有地払い下げにですね、勿論事務所も含めて一切関わっていないということは明確にさせていただきたいと思います。もし関わっていたんであればですねこれはもう私は総理大臣を辞めるということでありますから、はっきりと申しあげたいとこのように思います」

「いずれに致しましてもですね、繰り返して申し上げますが私も妻もですね、一切認可にもですね、あるいは国有地の払い下げにも関係ないわけでありまして(中略)繰り返しになりますが私や妻が関係していたとなればこれはもう、まさに総理大臣も国会議員も辞めるということははっきりと申しあげておきたい」

 と、大見得を切ってしまったからだ。