つまり、昭恵夫人が私人として、森友学園を訪問し、私人として講演したという主張は、困難ではあるものの不可能ではないし、仮に閣議決定するのでも、この点に限っての判断を(つまり、「首相夫人は私人として講演をした」と)言い張るなら、それはそれでまるっきりあり得ない話でもなかった。

 ところが、政権は、「首相夫人は(どんな状況下でも)私人である」という恐れ入谷の強弁を閣議決定というのっぴきならない形で押し出してきた。

 閣議決定とは、内閣の最高度の意思決定会議(=閣議)によるもので、意思統一を示すために全員一致が原則で、もし異論があればその人を罷免して採択、という、大変位取りが高いものだ。決定内容は皇居にも送られるという。

 この場合は、野党の質問主意書に答えるためのルールとして、閣議決定が必要になるのだが、そんな、これ以上はないくらい重たい会議で、安倍さんは閣僚全員にこんな無茶な言い分を認めさせて、「これが統一見解だ」と出してきたわけだ。

 となれば、それを聞かされた方としても、ものの言い方が違ってくる。
 つまり、一方が強弁で来るなら、それを押し付けられた方は、揚げ足を取りに行くということだ。

 「ええええ? 私人なんだとすると、どうして専用の公務員が補佐してるんでしょうかねえ」
 「5人もお付きが付く『私人』って、いったいどこのマリー・アントワネットだ?」
 「ご自身のフェイスブックで、首相夫人付きの公務員を『秘書』と呼んでるけど、秘書として使役するつもりなら私費で私設秘書を雇用するのがスジだぞ」
 「っていうか、百歩譲って『私人』なのだという主張を飲み込んであげるのだとして、でも、そこのところを前提にすると今度は『どうして私人が私用で出かける大阪出張に公務員が随伴しているのか』という問題が出て来るぞ」
 「さらに百歩譲って『全面的に私人だけど、いろいろと公私混同している私人でしたテヘペロ』ってなことで理解してあげても良いんだけど、でも、お付きの公務員の首相夫人への随伴自体は『公務』だったことからは逃れられないんじゃないかな」
 「夫人付きの公務員というのは名ばかりの肩書で、実際はマブダチでしたと考えればすべてに説明がつくぞ。マブダチなら自腹休日ツブしで付き合うのが当然なわけだから」

 すまない。つい調子に乗った。
 何を言いたいのかというと、この度の森友関連報道が、重箱の隅をつつくような底意地の悪さと、あれこれと細かい食い違いや言い間違いを拾い上げてはネチネチと疑問を数え上げる揚げ足取りの報道に終始しているのは、そもそも、政府の側が、保管してあるはずの書類を「廃棄した」と言い張ったり、確認を求める野党議員の質問に「個別に確認をすることは差し控えさせていただきます」と木で鼻をくくったような答弁を繰り返してきたことへの反作用なのであって、つまり、一連の報道のタチの悪さは、政府の側の対応の悪さが招いた当然の帰結だということだ。

 3月28日になって、政府は、

 「安倍晋三首相の外遊に同行する昭恵夫人に対し、公用旅券である外交旅券を発給している」

 という主旨の答弁書を決定している。

 どうしてこんな閣議決定が唐突に出てきたのかというと、「私人」であるはずの首相夫人に、政府の公用旅券である外交旅券(←主に外交官などに発行されるパスポート)を出していることが明らかになったためで、これなどは、そもそも「首相夫人は私人だ」という強弁をしていなかったら、わざわざ説明するまでもない話だし、そもそもニュースにさえならない話題だ。

 というのも、首相に同行する首相夫人に外交旅券が発行されることを不自然に思う国民は、ほとんどいないはずで、なんとなれば、首相の外遊にファーストレディーとして随伴する首相夫人が「公人」であることは、誰もが普通にそう思っているごく自然ななりゆきだからだ。

 ところが、14日の閣議決定で、「首相夫人は私人だ」というあり得ない断定をやらかしてしまったおかげで、こんな当たり前なことに、わざわざくだくだしい説明をせねばならなくなった。