おそらくだが、佐川氏は、文書改竄の時期であるとか、国有地値引きの経緯であるとかいった、センシティブな事柄については、一切証言を拒絶するということではじめから方針を固めていた。

 その意味で、佐川氏にとっては、共産党や民進党の議員が矢継ぎ早に投げかけてきた厳しい質問は、辛辣かつ詰問調であるがゆえに、かえって対処しやすかったはずだ。

 というのも、想定済みの攻撃に対してはこちらも想定通りの回答を投げ返せば良いだけの話だからだ。

 ところが、薬師寺議員の教え諭すような口調の質問(←ツイッター上では、「みちよママ!」「ママ感すごい」という呼びかけが多数寄せられていた)には、思わず心が動いてしまった。

 しかも、質問は、この日の焦点となっていた事件の真相や首相夫妻の関与とは一歩離れたところにあるお話で、「全国の公務員に向けてメッセージを」という、なんだか叱られている小学生に語りかけるみたいな、奇妙な調子のお願いだった。

 これには、佐川氏も思わず、自らを顧みずにはおれなかった。

 「ああ、そうだ。いま、オレがやっているこの仕事を、日本中の公務員が見ている。きっと若い連中もオレを見ている。オレにも若い時代があり、その若かったオレには、若い時代の理想があった。公務員試験の勉強に励んでいた当時、オレは純粋に公に尽くすことを願っていた。ああそれなのにいまのオレは」

 と思ったものなのかどうか、とにかく、2時間ほどの参院での答弁の間、毛ほども乱れなかった佐川元長官の表情は、この時はじめて、なんだか少し苦しい何かを飲み込もうとしている人間の表情に見えたのである。

 敬語の鎧の隙間からちらりとでもなにか心情らしきものが覗かないか。そう期待して中継を見ていた視聴者には、グッとくるポイントだ。なんとドラマチックではないか。

 もちろん、私がここで並べ立てたお話は、テレビ画面を見ただけの私の個人的な印象にすぎない。
 もっとはっきり言ってしまえば私の作り話だ。真相は別のところにある。それはよくわかっている。

 でも、最初に言ったように、世界を動かしているのは、真相ではない。われわれの心を動かすのは印象であり憶測であり予断であり不安だ。

 いずれにせよ、真相と無縁ではないものの、同じものではあり得ない様々な感情が、多くの人々のものの考え方を支配している。
 そして、そのわれわれが事態の外形を眺めて抱く直感は、多くの場合、案外鋭いところを突いているものなのだと、私はそう考えている。  

(文・イラスト/小田嶋 隆)

敬語は理不尽なナニモノかへの鎧。
始末書を書く度に思います。

 小田嶋さんの新刊が久しぶりに出ます。本連載担当編集者も初耳の、抱腹絶倒かつ壮絶なエピソードが語られていて、嬉しいような、悔しいような。以下、版元ミシマ社さんからの紹介です。


 なぜ、オレだけが抜け出せたのか?
 30 代でアル中となり、医者に「50で人格崩壊、60で死にますよ」
 と宣告された著者が、酒をやめて20年以上が経った今、語る真実。
 なぜ人は、何かに依存するのか? 

上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白

<< 目次>>
告白
一日目 アル中に理由なし
二日目 オレはアル中じゃない
三日目 そして金と人が去った
四日目 酒と創作
五日目 「五〇で人格崩壊、六〇で死ぬ」
六日目 飲まない生活
七日目 アル中予備軍たちへ
八日目 アルコール依存症に代わる新たな脅威
告白を終えて

 日本随一のコラムニストが自らの体験を初告白し、
 現代の新たな依存「コミュニケーション依存症」に警鐘を鳴らす!

(本の紹介はこちらから)