実際、法律を盾にものを言う学級委員長ライクな説得術は、現実の労働現場で働いている生身の人間の耳には、書生くさい理想論にしか聞こえないものなのかもしれない。

 というのも、今回、時間外労働の上限規制について労使が話し合いを持たなければならなくなったこと自体、そもそも労働基準法の規定ないしは「サブロク協定」(正式には「時間外・休日労働に関する協定届」。 労働基準法第36条が根拠になっていることから、一般的に「36協定」という名称で呼ばれている)が、あまりにも労働現場の実態にそぐわない非現実的な「絵に描いた餅」だったことを反映しての出来事だったからだ。

 法令だけの話をするなら、日本の公道には、どこの場所のどんな道路であれ、100km/h以上で走って良い道は1本も通っていない。とすれば、その日本の道路を走る日本のクルマが、100km/h以上の速度で走る性能を備えていること自体、違法な運転を促すけしからぬ事態だと言って言えないことはないわけだが、事実としては、日本の自動車会社が自社製の自動車に取り付けているスピードリミッター(最高速度制限装置)は、自主規制により180km/hに設定されている。

 とすると、この180km/hと100km/hの幅はいったいどんな意味を持っているのだろうか。

 もしかして、今回決まった100時間という数字は、スピードリミッターの180km/h制限と同じく、

 「建前論を言えば100km/h以上はそもそも違法だって話なんだけど、まあ、それは法令上の目安てなことで見てみぬふりをしておくことにするとして、それでも180km/hは、絶対に超えてはならない命を守る最後の一線としてメカニカルにフィジカルに絶対的に強制しておかなければならない」

 ということなのかもしれない。

 「色々と職場ごとに事情もあるだろうし、繁忙期ってなことになれば、そうそう法令遵守一辺倒で働いているわけにもいかないことはわかる。でもそれでも100時間の線だけは死守しないとダメだよ」

 ということなら、まあ、こんな尻抜けの合意でも、まるで意味がないということはないのかもしれない。

 とりあえずは、最初の一歩として数字が出てきただけでも上等だと、そう考えている勤労者ももしかしたら、少なくないのだろう。

 でも、自動車の場合、リミッターが180km/hだからといって、100km/hを超える速度で走っていれば、いずれ取り締まりの網にひっかかることになっている。

 バレなければ大丈夫だとは言っても、どんな場合であれ速度を超過して走っている現場を警察官に押さえられたら罰金と違反点数を召し上げられる恐れは常にあるわけで、そういう意味では、100キロ制限という規定は、まるで有名無実な空文であるわけではない。一定の有効性を持っている。

 ところが、「サブロク協定」には、何の罰則も無い。そもそも違反を取り締まる機関が想定されていない。

 そのあたりを考えると、100時間というこのウソみたいな合意点は、奇天烈で非人間的で猛烈に悲しくて哀れで靴下臭くはあるものの、日本の労働者がはじめて手にした有効な残業撤退ラインであるのかもしれない。

 まあ、その残業限界点が、過労死ライン(月80時間なのだそうですよ)を超えた場所に設定されているあたりが、なんだか逆に現実的な感じを与えるあたりがこの話のさびしいところであるわけだが、ひとつ提案がある。