本来なら、残業の問題は、「働かせ方改革」という言い方で、よりストレートに雇用側の使用責任を問うカタチで規定されるべきイシューだ。

 「働かせ方改革」がピンと来ないのなら、さらに具体的に「人員配置改革」と言い直しても良い。その方が、解決の方策がずっと見渡しやすいはずだ。

 最近、『豪腕――使い捨てされる15億ドルの商品――』(ハーパーコリンズジャパン)という本を読んだ。米大リーグで、投手の4分の1がトミー・ジョン手術(内側側副靭帯再建手術)を受けることになっている現状に対して警鐘を鳴らしている書物で、投手の酷使と故障の問題について、1試合の投球数、登板間隔、投げる球種、休養のあり方などなど、様々な方向からの仮説や提案を、現役の投手や医師への徹底した取材とともに紹介した好著だ。

 詳しい内容は本書の内容に譲るが、提示している問題の核心は、投手の故障が「酷使」に起因しているという至極単純な事実のうちにある。

 よって、野球のピッチャーの肘という、人間の肉体に付けられる値札で最も高価な部分を防衛するための最良の方法は、それを大切に使うこと以外に無い。実にシンプルな話だ。

 さてしかし、日米の球界では、先発投手の投球数や登板間隔への考え方がかなり異なっている。

 おおまかに言って、日本のプロ野球が1試合の投球数にさほどこだわらない(日本のプロ野球の投手は、時に1試合で150球以上を投げきることがある)代わりに、登板間隔を長めに確保する(先発投手は通常、中5日ないしは中6日の間隔で登板する)のに対して、米大リーグでは、1試合の投球数の上限をおおむね100球以内に制限する一方で、先発投手のローテーションは基本的に中4日で回している。

 いずれの運営方法が投手の肘や肩にとって負担が少ないのかは、議論の分かれるところでもあれば、個人差を含む部分でもあって一概には言えない。が、どっちにしてもはっきりしているのは、日米いずれの球界でも、結局のところ、ピッチャーが酷使されているという事実だ。

 この「限られたピッチャーが酷使される傾向」を改めるためには、思い切った投球数制限ないしは登板間隔制限を課すか、ベンチ入りの選手の人数(あるいはダグアウトで準備するピッチャーの数)を増やすか、年間の試合数を減らすか、あるいは野球のルールそのものを変えて、1試合のイニング数をたとえば5イニングに短縮するといったような、ドラスティックな変化が求められる。

 とはいえ、監督が優秀な投手を酷使することは、野球が勝利を目指す競技である限りにおいて、むしろ当然の取り組みであるわけで、とすれば、投手の酷使傾向を改善する手立ては、監督の采配術や投手自身の気持ちの持ちようの中からは到底導き出されない。

 「ピッチング改革」や「投げ方改革」のようなお題目を掲げてみただけのおざなりな取り組み方からは、なおのこと生まれない。

 ピッチャーの酷使を改めるためには、「投げさせ方改革」、さらには「野球ルール改革」「試合日程改革」「ベンチ改革」といった、野球の競技としての前提を構成するルールや日程や営業方針の根本的な改革に取り組まなければならない、と、当たり前の話ではあるが、つまりはそういうことなのだ。

 もうひとつ例をあげる。

 教育現場から体罰を駆逐するために「体罰改革」を掲げても、おそらくたいした効果はあがらない。生徒にヘルメットを装着させたり、受け身の取り方を指導することで安全な体罰の推進を促したところで、肝心の教師の側が体罰を教育の一環と見なしている限り、状況の改善は期待できない。