現在、国会では、行政文書の改竄が焦点になっている。
 一度決裁された文書が官僚の手で事後的に書き換えられたことが発覚したこのたびの事態は、生きている人間の戸籍がある日書き換えられて死んでいることにされた事態とそんなに遠くない驚天動地のできごとだ。

 紙幣の額面がいつの間にか財布の中で書き換わっていたら信用経済もへったくれもなくなってしまうことは、誰が考えてもわかるはずのことなのだが、同様にして、行政官が行政文書を改竄することは、世界を世界たらしめているシステムというのかプラットフォームを破壊するという意味で、一種のテロ行為に近い。

 であるからして、今国会の審議は、いつにもまして重要なはずなのだ。

 ところが、その文書改竄の原因だったり経緯だったりについて議論をすすめているはずの国会の議事録の中で、たしかに発言されていた言葉が、なぜなのか、なかったことにされている。

 国会審議の議事録から、不適切な言葉や間違った発言を改めようとする態度は、それはそれで、間違ったやりかただとは思わないが、元発言そのものを削除してなかったことにしてしまう発想は、国会を無謬の存在たらしめようとする意図以外からは出てこない考え方だと思う。

 国会は無謬なのだろうか。
 とんでもない。
 無謬ところかバカ揃いだ。
 少なくとも私はそう思っている。

 しかし、問題は、彼らがバカなことではない。
 バカはおたがいさまだ。

 バカな部分を多く併せ持った人間たちであるわれら国民の代表である限りにおいて、国会議員の中にも一定数のバカな議員は含まれていてしかるべきだし、マトモに見える議員の中にも一定量のバカな部分が含まれていることは決して異常なことではない。

 というよりも、バカであることそのものは決して致命的な問題ではないのだ。人間が人間であるという前提から当然の帰結として導かれる結果にすぎない。

 問題は、国会が、バカであるにもかかわらず、自分たちのバカさを認めようとしていないことだ。
 ぜひ、バカな審議の中のバカな発言を、きっちりと記録に残しておいてほしい。

 おそらく、50年なり100年なりの時間が経過した後に読み返してみて、より多くの教訓を含んでいるのは、バカな発言の方だと思う。
 「ああ、われわれの先人の中には、こんなにもバカな人がいたのか」
 と、はるか未来の日本人がそう思って自らを省みる糧としてくれるのであれば、和田議員としても本望なのではあるまいか。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

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