発言に抗議した野党議員の言い分も、それを受けいれた和田議員の側の認識も、
 「議会人としてあり得べからざる発言だった」
 ということなのだろうとは思う。
 要するに、
 「ひどい言い方でした。取り消します」
 ということではあるのだろう。ここまではわかる。

 で、取り消されたことで、国会の品位は回復したのだろうか。
 私は、そう思っていない。

 もし仮に和田議員の発言によって、国会の品位なり、良識の府たる参議院の尊厳なりが毀損されていたのだとすれば、それを回復するためには、発言を削除するだけでは足りない。

 というよりも、発言を取り消すことは、国会の依って立つ基盤そのものを損なうことになる気がしている。

 言論の府としての国会の権威と尊厳を防衛するためには、
 「これこれこういう名前の議員によってこういう発言が為された」
 という事実を、むしろ太字で明記するくらいの勢いで記録してしかるべきだ。

 で、しっかりと記録した上で、その発言が不適切だったというのなら、発言者が関係者に陳謝し、相応の懲罰なりを受けた上で、発言を撤回すればよろしい。そういう手順を踏まないと、発言の不適切さの意味そのものがはっきりしない。単に削除したのでは、もみ消したのとそんなに変わりがない。

 われわれが暮らしている普通の世界の日常では、発言を撤回することは、必ずしも、元の発言を記録から削除することを意味していない。

 発言を撤回するためには、一定の手順を踏んで、正しくそれを取り消さなければならない。

 まず、発言者は、自分の発言が間違いであったことを認めた上で謝罪し、罰を受けなければならない。そうやって自分の発言が無価値かつ有害で撤回に値するバカ発言であったことを認めたうえで、しかしなお、記録そのものは、「本人によって撤回された発言」という形でデータとして残されていなければならない。

 ところが、国会の記録を見ていると、彼らは、昨年の安倍総理による「立法府の長」発言もそうだが、事実誤認や不適切な表現を含んだ発言は、議事録からまるごと削除することで発言そのものを「なかったこと」にしてしまっている。

 どうかしていると思う。
 国会議員だって人間である以上勘違いもすれば、言い過ぎることもあるだろう。

 とすれば、国会の審議の中で筋の通らない話をする時もあれば、事実誤認に基づいて対話をかわしていることだって皆無ではないはずだ。

 それらを、発言した通りに残さないで、何が議事録だというのだろうか。
 明らかな言い間違いであれ、国会の品位を貶める暴言であれ、発言は発言だし審議は審議だ。それらを残さないのなら、記録が記録である意味がない。