嘘つきは、常に人々の顔色を見ている。

 誰が自分の言葉に不審を抱き、自分の発したどの言葉が相手にアピールしているのかを、他人を騙すことを生業としている人間たちは、四六時中見極めようとしている。というよりも、日常的にウソをついている人間は、ウソがバレるギリギリのボーダーを常に意識しているわけで、その意味において、空気読みの達人なのである。

 その点、正直な人間は、いまひとつ他人の評価に鈍感だ。
 自分が本当のことを言っていることを強く自覚している人間は、他人に好まれていようが疎まれていようが、たいして気にとめない。自分だけが正しければそれで十分だと思っている。

 そういう人間は、コメンテーターには向かない。
 視聴者の目から見て、独善的に映るからでもあるし、スタジオの空気を読むことを怠るからでもある。

 と、正直なコメンテーターは、時に舌っ足らずでもあれば、時に暴走することにもなるわけで、結局のところ、通常業務として穏当なコメントを安定供給することができない。

 詐欺師は、言葉を紡ぐ能力に秀でているだけでなく、他人の気持ちを先読みする能力にも長けている。
 彼は、対面している人間の感情を高揚させたり、落ち着かせたりする方法に精通しており、自分を囲む人間たちが望んでいる感情をその場で言葉にして手のひらの上に現出させる技術を生まれながらに身に着けている。

 別の言葉で言うなら、彼には「魅力」がある。
 とすれば、こんなに素敵なコメンテーターはいないではないか。

 詐称は、簡単なタスクではない。
 詐称によって得られるものと、詐称が発覚した時に失うものを勘案してみれば、ふつうの人間は、詐称をしようとは考えない。

 MBAを持っているからといって、それだけですべてが手に入るわけではない。自分の言葉に、ちょっとしたオーラを付け加える以上の効果は無いと言って良い。ひるがえって、MBA資格のアナウンスがウソであることが発覚した場合、彼は、すべてを失うことになる。
 こんな割に合わない取引があるだろうか。

 逆に言えば、これほどまでにリスキーなチャレンジに乗り出すのは、よほど並外れた自信家であるのか、でなければ、どこかしら精神を病んでいる人間に限られるということだ。

 経歴詐称は、ゴルフのスコア改竄に似ているかもしれない。
 スコアを1つか2つごまかしたからといって、得られるのは、その場のちょっとした虚栄心の満足だけだ。

 賭けゴルフに興じていた場合、何らかの報酬があるかもしれない。が、いずれにせよ、報酬は知れている。
 対して、改竄が発覚した場合のリスクはずっと大きい。
 おそらく、彼は、ほとんどすべてのゴルフ仲間を失うことになる。

 そうまでしてスコアをごまかす必要があるだろうか……という、この、普通の人間なら普通に持っているはずの普通の常識が、スコアをごまかす人間にとっては、つけ込みどころになる。彼らは、「スコアをごまかすゴルファーなんているはずがない」という常識を利用して、その裏をかく形で、スコアをごまかしている。このあたりの機微は、ゲームのようでもある。あるいは、病的な嘘つきは、このスリルに嗜癖しているのかもしれない。