というのも、ギリギリの利益率で流通している商品をパクったところで、ほとんど差益は生まれないし、もともと高品質な商品をパクるためには高度な技術が必要で、その高度な技術を実現するためにはそれなりのコストがかかるからだ。

 とすれば、たいして品質が高いわけでもないのに分不相応な高値で売られているブツの偽物を作る方が仕事として有望であるに決まっているし、事実、フェイク業者は、ブランド信仰のゆえなのか、消費者の無知に由来するものなのか、異常な関税のしからしむるところなのか、理由はどうであれ、品質に比してはるかに高い取引価格で流通している物品の偽物をもっぱら製造・販売する方針で、彼らの商売をドライブさせているのである。

 たとえば、ある種のブランド物のバッグは、製造原価の数十倍以上の値段で販売されている。

 強力なブランドを持たない業者が手がければ5万円で売って十分に利益が出る商品を、ブランド販売業者は60万円だとか100万円という信じがたい価格で流通させている。

 この価格は、普通に考えればもちろんあからさまな不当価格であり、ブランドの評判そのものも、どこからどう見ても下駄を履いた評価だ。
 が、製造しているメーカーも、それを売る販売業者も、さらにはそれを購入することになる消費者も、全員がこの価格になぜなのか、納得している。

 メーカーおよび流通小売業者は、値段が高ければ高いほど儲けが大きくなるのだからして、著しく高価な価格設定に満足するのは当然だ。ここについては疑問はない。

 では、製造原価の何十倍もの高値でブツを買わされることになる買い手が、どうしてそのバカな価格に納得しているのかというと、彼(または彼女)が当該のバッグを購入する目的が、そのバッグを入れ物として使用するためというよりは、高価な持ち物として他人にひけらかすためだからだ。

 その種の衒示的消費のための商品の価格は、誰の目にも分かる形で高価さをアピールしていることが望ましい。

 かくして、世間で有名な高級ブランド物バッグは、その高品質ゆえにではなく、高価さゆえに珍重される。そして、それを買った人間は、高品質なバッグを選ぶ鑑識眼の高さを強調すること以上に、高価なバッグを持ち歩くことのできる経済力を内外に誇示しようとする。今さらあげつらうのもなんだが、まったく、なんというバカな話だろうか。

 情報番組のコメンテーターが経歴を詐称するに至る事情は、どこの馬の骨とも分からないそこいらへんの名もない牛肉(というのはたしかにちょっと変な言い方ではあるが)が松阪産であることを騙ったり、下町の町工場で作られている革製のバッグが、フランス名前のブランドの刻印を伴って市場に投入される経緯と似ていなくもない。

 どういうことなのかというと、実際にはたいしたスキルがなくてもできる仕事の背景を粉飾するための見せかけの看板である以上、それが詐称であったところでたいした違いは無いということだ。

 たとえばこれが、ガチなアカデミズムの世界だったり、実際にメスを手に取って患者の腹腔なり頭蓋なりを切り開いて施術をせねばならない臨床医の世界であれば、資格や学歴を詐称したところで、そんなことは何の役にも立たない。偽物は一発でバレてしまう。

 料理人の世界でも大工の現場でも同じだ。ウデの無い職人が、書類上の資格を偽造して職を得たところで、包丁を握るなり鋸を挽くなりしてみれば、その場で彼が偽物であることは誰の目にも明らかになる。

 ところが、コメンテーターの世界では、詐称がうまうまとまかり通る。
 MBAを持っているかのごとくふるまっていれば、見ている者には、そのように見える。
 年商三十億円の会社を切り回していますと言い張れば、言われた方は案外信用してしまったりする。

 出た学校の名前も、事務所の住所も、それがウソだったからといって、ただちに見破られるような属性でもない。
 なぜなら、しょせんは飾りだからだ。