今週のはじめに財務省が森友関連文書の書き換えを認める方針(←方針かよ)を発表して以来、世間の空気は微妙に険しくなっている。

 論点は多岐にわたるが、ざっと考えて以下のような疑問点が浮かぶ。

  • 改ざんに関与した官僚は何を隠蔽したかったのか。
  • 彼らは、何におびえているのか。
  • 「佐川(宣寿・前国税庁長官)の(国会での)答弁と決裁文書の間に齟齬があった、誤解を招くということで佐川の答弁に合わせて書き換えられたのが事実だと思います」という麻生太郎財務相の説明が示唆している「誤解」とは、具体的に誰のどのような認識を指しているのか。
  • 佐川氏の答弁が虚偽でなかったのだとすると、その真実の答弁と齟齬していたとされる決裁済みの文書の方に虚偽が含まれていたことになるわけだが、その「虚偽」とは具体的に何を指すのか。そして、その「虚偽」と、文書の改ざん部分は整合しているのか。
  • 通常、国会答弁では、質問側が事前に内容を通告する。とすると、当日、佐川氏とともに答弁した首相は、事前に情報を共有をしたはずなのだが、その共有していた情報とはつまるところ改ざん済みの文書ではなかったのか。
  • 改ざんのタイミングは、佐川氏が国会で答弁をした後ではなくて、安倍総理が森友学園の認可や国有地の払い下げについて「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」と答弁した2月17日の後なのではなかったのか。

 どれもこれも、簡単に答えの出る問いではない。
 これらの謎は、今後、国会の審議やメディアの取材を通じて少しずつ明らかになることだろう。

 いずれにせよ、私のような者が取り組むべき仕事ではない。私の力でどうにかなる課題でもない。
 なので、当稿では、「言葉」の問題に焦点を絞って、森友文書改ざんの背景を考えてみることにする。

 今週は、しばらくぶりに熱心にテレビを見たのだが、なかでも印象に残ったのは、さる民放の情報番組にゲストとして出演していた元官僚の女性のコメントだった。彼女は、改ざん前の決裁文書を読んだ感想として、

「通常、この種の文書の中に個人名を書くことはない」
「ところが、この文書には政治家の個人名とその個人の関わり方が具体的に詳述されている」
「交渉過程をこれほど執拗に記述した文書は見たことがない」
「異様さを感じる」

 といった感じの言葉を漏らしていた。
 なるほど。

 私は、官僚の書くこの種の文書に詳しい者ではないのだが、それでも、件の決裁文書の異様さはなんとなくだが、感知し得ている。たしかに、あの文書は「異様」だった。

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この記事はシリーズ「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。