同行する公務員たちは、その日の自分たちのお付きの仕事が、果たして通常業務なのか、休日出勤なのか、プライベートのお付き合いなのかについて、はっきりとした自覚を持って(指示を受けて)いたのだろうか。大いに疑問だ。

 これに限らず、森友学園に関係する事務処理は、推薦者に名を連ねていた人間の肩書も、講演に駆けつけた文化人ギャラも、すべてのはその場の雰囲気で、乾杯の音頭みたいな調子で処理されていたのだと思う。

 これは、幼稚園児に「教育勅語」を朗唱させたりなどしつつ日本の心の教育を再興するという、森友学園がざっくりと掲げている「主旨」に大筋で賛同した人々は、公私の別や報酬の多寡や、肩書の硬軟や大小や真偽にたいしてこだわることなく、ごくごく大雑把に「森友学園を応援する人々の環」に加わっていた、ということではないか。

 政治家も、官僚も、文化人も、学者も、誰もが皆、理事長の経歴や人物像や当該の学校法人の財務状況にさしたる注意を払うこともなく、「日本を取り戻す」という大いなる善意において協働していたのである。漠然とした理想になんとなく共感した人々が、できる範囲で曖昧な協力をした、そんなところではないだろうか。

 私にとってひたすらに不気味に感じられるのは、森友学園という世にもだらしのないツッコミどころだらけのザルみたいな学校法人を中心に何十人もの知名有名な人々を団結たらしめていたその当のモノが、陰謀でも欲心でもなく、出世欲でもなければ名誉欲でもない、ただただ「善意」であったらしい点だ。

 教育勅語の何が、いったい彼らをこれほどまでに魅了してやまないのか、正直な話、私はまったく理解できずにいる。
 「戦争に負けた」ということの屈辱が効いているのだろうか。
 一度真剣に考えてみなければならないと思っている。

 インフルエンザで寝込む前の、3月1日、私は、以下のようなツイートを投稿した。 

《首相夫妻が共鳴する教育機関の認可設立のために、一丸となって助力した政治家や官僚は、言ってみれば「安倍首相頑張れ」という宣誓文を唱和していた幼稚園児の成人版なわけで、この話のキモは、国民全体をあの幼稚園の園児みたいな「思想の容れ物」に変貌させようとする意図の存在だと思う。》(こちら

 この感想は、5日間の闘病を経て、少し変わってきている。

 残念なことだが、私は、首相夫妻が共鳴する教育機関の認可設立のために一致団結して協力した政治家や官僚の気持ちを、私のような人間が理解するのは、とてつもなく難しそうだ。

 というのも、この国をこの先動かして行くのは、一致団結して協力することが三度のメシよりも大好きな人たちなのであって、その彼らにとって大切なのは、協力の先に何があるのかということよりも、とにかく日本人が、なあなあのうちに一致団結して協力すること、そのものだったりするのだろうからだ。

 善意からなのだと思うが、すまない、私はごめんだ。
 できれば、隔離してくれるとありがたい。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

「隔離だなんて、水くさい」と
特効薬を注射されたりして…

 当「ア・ピース・オブ・警句」出典の5冊目の単行本『超・反知性主義入門』。相も変わらず日本に漂う変な空気、閉塞感に辟易としている方に、「反知性主義」というバズワードの原典や、わが国での使われ方を(ニヤリとしながら)知りたい方に、新潮選書のヒット作『反知性主義』の、森本あんり先生との対談(新規追加2万字!)が読みたい方に、そして、オダジマさんの文章が好きな方に、縦書き化に伴う再編集をガリガリ行って、「本」らしい読み味に仕上げました。ぜひ、お手にとって、ご感想をお聞かせください。

■変更履歴
記事掲載当初、本文中で「2015年の9月、安倍昭恵さんが塚本幼稚園を訪れて講演をした際には、その5人の政府職員が同行したことがわかっている。」としていましたが、正しくは「2015年の9月、安倍昭恵さんが塚本幼稚園を訪れて講演をした際には、その5人の政府職員のうち少なくとも1人が同行したことがわかっている。」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2017/03/15 16:00]