つまり、安倍首相の判断では、籠池理事長と知り合うことは、犯罪に類する出来事に相当するのだろうか。
 それ以上に、首相の言う「私人」という言葉の意味するところが私にはもうなんだかよくわからない。

 私人のプライバシーを国会の場であれこれあげつらうことが、場合によっては不適切であることはその通りだと思う。
 その意味では、首相夫人と言えども、国民の前で明らかにできる範囲はおのずと限られている。そこまではわかる。

 ただ、ご本人が「安倍総理大臣夫人・安倍昭恵」という肩書を明記して、名誉校長を引き受けている学校法人の理事長と知り合った時期について尋ねられたことは、コトの性質上、「私人」のプライバシーという理由で簡単にはねつけられる話でもないはずだと私は愚考する。

 安倍昭恵さんには、5人の秘書官に当たる公務員が影のように付き従っている。
 2015年の9月、安倍昭恵さんが塚本幼稚園を訪れて講演をした際には、その5人の政府職員のうち少なくとも1人が同行したことがわかっている。

 この5人の同行について、当初、内閣官房は、国会での質問に答えて、職員が同行した日は土曜日で
「勤務時間外で、私的な行為として同行していたということはあると考える」
 などと答弁していた。

 ところが、彼らは3月8日になって、これまでの答弁を翻す。

 政府は、この日の衆院経済産業委員会で、学校法人森友学園の国有地払い下げ問題に絡み、安倍晋三首相夫人の昭恵さんが法人運営の幼稚園を訪れた際に同行した政府職員が「私的活動」だったとする以前の答弁を、「公務」と修正した。土生栄二内閣審議官が「答弁の準備ができていなかった。おわびして訂正する」と陳謝した。

 一時が万事、この調子だ。
 公私の区別も、日当の支給先も、交通費の出どころも、休日であるか否かの判断も、昼飯に何を食えば良いのかについての多数決の結果も、すべては後づけで、書類上行き違いが出ないように、恣意的に判断され、上から押し付けられ、随時陳謝の上、翻されるのである。

 昭恵夫人が「公人」なのか「私人」なのか、彼女の講演が、「公務」の色彩を帯びた活動なのか、それともまったくの「私人」としての私的な活動にすぎないのか。また、その昭恵夫人に同行した、5人の政府職員の活動は、果たして「公務」に当たるのか。もし「公務」に当たるのだとすると、「日当」は誰が負担し、「休日出勤」の処理はどんなふうに為され、「交通費」は、いったいどこから支出されたのか。

 最終的に、出勤簿や、残業や、交通費や、休日出勤についての処理をどんなふうに処置するのかはともかく、現場では、昭恵さんの行動は、記録されず、定義されない中で、あくまでも「なあなあ」で、「その場の流れ」で処理されていたのだろう。