なんと、既に廃棄、だ。捨てた。残っていない。私は知らない、と彼は言うのだ。
 佐川氏は、記録は同省の文書管理規則で保存期間1年未満に分類されるとし、 「売買契約の締結をもって、事案は終了した。記録は速やかに廃棄した」
 と説明している。

 信じられるだろうか。
 彼の言葉を借りると、事態は
「売買契約の締結をもって、事案は終了した。記録は速やかに廃棄した」
 でおしまい。はいさようなら、一件落着忘れてくれよベイベーってなことになる。これが、高級官僚が国会で述べた言葉なのである。あきれるではないか。

 宮本氏は、この回答に対して共産党の議員さんらしく
「契約と同時に破棄したのでは調査しようがない。隠蔽(いんぺい)と言われても仕方がない」
 と、凛々しく批判の言葉をぶつけている。が、無いものは仕方がない。
 どう批判したところで、「捨てた」と言われたら、どうしようもない。

 佐川氏は、約1週間後、今度は参議院に舞台を変えて、さらに驚くべき回答を繰り出している。

 3月2日の参議院予算委員会において、佐川氏は、民進党の杉尾秀哉議員の
「森友学園の関係者が財務局で面会をしていれば、庁舎の入館記録に記録が残っているはずだがどうか」
 という問いかけに対して、以下のように回答している。

「記録はあったが、警備の人間が入退庁を確認して、翌日すべて廃棄する規程になっていると記憶している」
 なんと、翌日廃棄だ。ヨクジツハイキ。ほとんどシュールなパンクロックのリフみたいだ。ヨクジツハイキ。 

 翌日に廃棄するなら、いったい何のために記録を取る必要があるというのだろうか。
 入庁した人間が、確かにその日のうちに退庁していれば、机の下で死んでいたりすることがない点だけは確認できるわけだからそれはそれで有意義な確認になるってなことで、入退庁記録を記録して廃棄した意味がありましたとか、そういう話だろうか。

 このほか、森友事案は、私の目には、ひたすらにだらしのない人間たちがワサワサと集まってはどこまでもだらしのないもたれ合いを繰り返していた世にも気持ちの悪い祭りのようなものに見える。

 だらしがないというのは、つまり、「なあなあ」の、「尻抜け」の、「馴れ合い」の、「もたれ合い」の、「かばい合い」の、「口約束」の、「目配せ」の、「以心伝心」の、「阿吽の呼吸」の、「ツーカー」の、「魚心あれば水心」の、「同調と協働と思いやりと寄り添いとふれあいとシンクロと融合と共鳴と支え合いと抱きしめ合い」がいっしょくたになった、べたべたの甘々のびしょびしょのちいちいぱっぱということだ。

 安倍晋三首相は3月1日の参院予算委で、共産党の小池晃議員から昭恵夫人と森友学園の籠池泰典理事長との関係を聞かれると

「妻は私人なんですよ。いちいちですね、妻をまるで犯罪者扱いするのは極めて不愉快ですよ」

 と、強い口調で反発している。
 小池議員は、単に、昭恵夫人と籠池理事長が知り合った時期を尋ねただけだ。
 それが、「犯罪者扱い」なのだろうか。