ただ、わざわざメールを書いてくるレベルの、言ってみれば「昔からの熱心なファン」と申し上げて良い人たちの中に、私が政治的な話題を取り上げることへの懸念を伝えてくる人間が散見されることは、残念ながら、事実だ。

 そう言ってくる人たちが、政治的に私の考えと対立する立場なのかというと、そんなことはない。

 彼らは、私が書いている文章の内容を、大筋において支持してくれている人たちだ。それでも、政治的な話題を扱うことには、反対だという旨のご意見を伝えてくるのだ。

 理由は、コメント欄が荒れるのを見たくないという感じのお話だったりする。
 なんだそりゃ。
 と私は思う。余計なお世話じゃないか、と。

 しかし、そういう意見を表明してくるご当人はいたって真剣に、私のためを思ってアドバイスしているつもりだったりする。

 奇妙な話だ。

 つい昨日、ツイッター上で「共感性羞恥」という言葉が話題になっていた(こちら)。

 リンク先を辿ってみたところによると、この耳慣れない言葉は、

 「ドラマの恥ずかしいシーンや他人のミスを見たときに自分が恥ずかしい思いをしたと脳が働いて、自分が失敗したかのように感じる感情」

 を指す概念であるらしい。
 なるほど。

 もしかすると、私を応援してくれている人たちが、私の炎上を予防しようとする意図の背景には、似たような感情が介在しているのかもしれない。

 そうでなくても、若い世代の中に軋轢や摩擦や論争みたいなことを極端に嫌う人々が増えていることはどうやら事実で、もしかしたら、彼らは、他人が論争に巻き込まれていることを見ることに、圧迫を感じているのかもしれない。

 7~8年ほど前だったか、同世代の男が集まった席で、若い連中とのコミュニケーションのとり方が話題にのぼったことがある。

 「別にふつうに話せばいいんじゃないの?」
 と言った私の発言は、言下に否定された。

 「おまえは、部下というものを持ったことがないからそういうお気楽なセリフを吐いていられるということを、きちんと自覚しといたほうがいいぞ」

 「そうか? 部下なんて適当に説教しとけばOKなわけだろ?」

 「言っとくけど、おまえの言ってる説教っていうのは、先方から見ればパワハラだからな」

 「まちがいないな」

 「みんな聞け。ニュースだ。こいつは完全なパワハラ上司になるぞ」

 どうして私がいきなりパワハラ上司認定を頂戴したのかというと、彼らに言わせれば、20代や30代の若手の中には、説教どころか「異論」そのものを受忍しない人間が一定数含まれていて、うっかり彼らの言い分を全面否定したり論破したり嘲笑したりすると、翌日から出勤してこない可能性が無視できないわけで、してみると、オダジマみたいな口さがない人間を会社に配置したら、まちがいなくおとなしい若手を無思慮にやっつけて出勤不能に追い込むオレオレ上司になるはずだということだった。