私自身、国や東電が、様々な機会を通じて原発事故による被害を過小に印象付けようとしてきたことは事実だと思っているし、現在でも、原発関連の関係各組織やメディアが、原発の安全性を過剰にPRしようとしている側面は明らかに存在していると考えている。

 ただ、福島の県産品の安全性についてのお話は、政府の思惑やいわゆる「原子力ムラ」の陰謀とは別だ。復興については、積み上げられたデータを、事実は事実として、科学的な目で、評価せねばならない。

 でないと、事故以来、懸命に努力している地元の人たちが浮かばれない。

 国や「原子力ムラ」に、原発政策推進の狙いや、原発事故矮小化の思惑があるのだとしても、だからといってそのことが、「福島がいまだに汚染されていること」や「福島県産品が危険であること」を証拠立てるわけではない。少なくとも、科学的に安全性が立証されている食品は安全と評価しなければならないし、除染の結果放射線の値が定められた基準以下のレベルにおさまっている地域については、その数値に見合った評価を下すべきだ。

 福島民友の記事に寄せられた反応を見ていると、原発の話題が一般の国民にとって「さわりたくないめんどうくさい話題」になってしまっている原因のひとつが、原発事故を党派的に利用することしか考えていない一部の人たちの声があまりにもやかましいことにある、ということがよくわかる。

 そこで巻き起こっている議論の不毛さを見るにつけ
「ああ、ここはさわっちゃいけない場所なんだな」
 と、多くの人間は、避けるようになる。

 で、その、一般国民の「食傷感」と「うんざり感」を見透かしたようにして、お国は、運転開始から40年を超過した原発の運転を承認しにかかっている。

 毎日新聞の解説によれば、この「40年ルール(40年で運転停止、20年以内、1回に限って延長可能)」は、福島第一原発の事故後、「圧力容器が中性子の照射を受けて劣化する時期の目安」として、国が定めたものだ。

 ところで、2月25日付けの読売新聞の社説(《原発40年超運転 「時間切れ廃炉」は許されない》)は(こちら)、

《そもそも、原発の運転期間を40年としたルールに科学的根拠はない。原子炉等規制法を再度、見直すべきだろう。》

 と、「40年ルール」そのものをものの見事に否定し去っている。
 先日の、丸川環境相による、「年間1ミリシーベルトという除染の長期目標には、科学的根拠もない」という発言と相通じるものを感じる。