年間1ミリシーベルトとされている除染の長期目標値(詳しくはこちら)について、異論があることは事実だ。
 おそらく、丸川大臣の周囲にいる専門家の中には、 「もっと大きい数値でも問題ないはずだ」  と言っている人もいるのだろう。

 しかしながら、この1ミリシーベルトという数字は、ほかならぬ国(つまり環境省)が定めたものだ。当然、科学的根拠も、国が数値を決定する段階で十分に検討されていると考えなければならない。というよりも、環境大臣が、自分たちの定めた基準値を否定してしまったら、環境基準という考え方そのものが丸ごと無効になってしまう。そんなバカなことが通用して良いはずがないではないか。

 仮に、丸川大臣が、この先、この数値を見直す考えをその内心に抱いているのだとしても、その際には、もう一度科学的な根拠を明らかにした上で数値見直しに向けた手続きをはじめからやり直さなければならない。

 大臣の任にある人間が、ほかならぬ国の定めた基準値を「科学的根拠が無い」などと言い捨てて良い道理はどこにもない。もしそんなことが許されるのなら、国道ごとに設定された速度制限にしたところで、ドライバーの側が恣意的に「根拠が無い」と決めつけた上で、無視して良いことになる。

 さらにタチが悪いのは、前述の記事の中で触れられている通り、丸川大臣が、

《信濃毎日新聞が報道した8日、丸川氏は記者団に「そういう言い回しはなかったと記憶している」と否定。9日の衆院予算委でも「こういう言い回しをした記憶は持っていない」と釈明した。》

 と、自らが当該の発言をした事実を当初は認めようとしなかった点だ。

 もうひとつ、15日の衆院予算委員会で民主党の長妻昭・民主党代表代行が指摘したところによれば、丸川大臣は、講演の中で、「科学的根拠が無い」とする発言に先立って、《「反放射能派がワーワー騒いだ中で…」と状況説明を》していたことが明らかになっている。(こちら

 ここで「反放射能派」と呼ばれている人々がどういう種類の人々であるのか、また、「ワーワー騒いだ中で」と説明されている状況が具体的にどんな場面を指しているのかは、この短い引用からだけでは判定しがたい。が、いずれにせよ、丸川大臣が「反放射能派」に良い感情を抱いていないことは、はっきりしている。というのも、「ワーワー騒いだ中で」という描写の中には、あからさまな蔑視が露呈しているからだ。

 もっとも、反原発を訴える人々の中に、放射線被害を過剰に見積もって騒ぎ立てる人たちが一定数含まれていることは、一面の事実ではある。

 私自身、その種の放射線被曝の恐ろしさを過剰に騒ぎ立てる人たちの活動に影響されて、福島県産の農産物や水産物がなかなか風評被害から脱しきれていない部分があることに心を痛めてもいる。

 とはいえ、ごく一部の極端な運動家が放射線恐怖を過大に煽り立てているからといって、一般の国民が抱いている放射線への不安のすべてが、まるごと科学的根拠を欠いた妄想だということにはならない。