たとえば

 「インフルエンザが流行っています。外出時には気をつけてください」

 という呼びかけと

 「豊島区東池袋でインフルエンザが流行しています。健康に見える市民の中にも多数の保菌者が含まれています。付近を通りかかる方は細心の注意をはらって行動してください」

 という警告ではかなりニュアンスが異なる。ここで言っているインフルエンザという病名をほかのもう少し深刻な伝染病の名前に差し替えれば、この警報はさらに破壊的な響きを獲得することができる。

 この種の無思慮な警告や扇動がいかに凶悪な影響力を及ぼすのかについて、われわれは、この数年来、福島と“放射能”をめぐる噂や言説を通じて、さんざんに学習してきたはずだ。とすれば、大阪という具体的な地域名を持ち出して「スリーパーセル」なるものの一斉蜂起を暗示した今回の三浦氏の言葉は、やはり地上波のテレビ経由で発信されるメッセージとしては、軽率だったと申し上げざるを得ない。

 「スリーパーセル」という言葉が指し示す人々の行動計画や実態が、どの範囲の人々の間でどの程度具体的に共有されているのかについて、私はほとんどまったく情報を持っていない。

 情報収集なり物品調達なりに従事している工作員がおそらく、いまも日本のどこかで活躍しているのであろうことはなんとなく想像できるし、実際にそうなのだろうとも思っている。

 でも、指導者の死を知った瞬間に、外部との連絡を一切断って一斉に蜂起するべく訓練されたテロリストたちが、本当に大阪に潜伏していて、いまもその牙を磨いているのかと言われたら、私個人としては、そういう人間がいないと断言することまではできないものの、鵜呑みにすることもまたできない。

 とはいえ「スリーパーセル」という言葉が地上波のテレビ番組を通じて拡散され、その刺激的な名前で呼ばれる人々が大阪に潜伏しているという情報が有識者と目される人間の口から確信をもって語られたことで、テロリストの狙いは半ば以上成功したと言って良い。

 というのも、テロリストに課せられた最も重要な任務は、平和に暮らす人々の心の中に棲みついて疑心暗鬼の暗闇の中に引きずり込むことだからで、その人心の惑乱は、自分たちの暗躍の噂がまことしやかに広められたことにより、すでにして果たされているはずだからだ。

 もうひとつ、私が今回の件に関して不可解さを感じているのは、この「ワイドナショー」という番組が、生放送で送出されているコンテンツではなくて、事前収録のうえで録画放送されている番組である点だ。通常、出演者の不適切発言が問題化し炎上するのは、生放送の番組を舞台にしたケースに限られる。その意味で、今回の炎上は、普通の炎上とは性質が違っている。

 テレビ出演は、緊張を強いられる経験で、それゆえ、出演者が口を滑らすのは珍しいことではない。

 出演者は、自分の考えや感想を、限られた秒数で端的に伝えなければならないという強いプレッシャーに晒されている。であるから、時に激越な表現に頼ってしまったり、ただし書きとしてつけ加えておくべき限定辞をうっかり省略してしまう。であるから、生放送の番組から飛び出す不規則発言や不適切コメントは、ある程度割り引いて受け止めてあげないといけない。人は誰でもミスをするものだし、ましてスポットライトとカメラに包囲されたスタジオの中に身を置くことは、そのこと自体、判断ミスなのかもしれないからだ。