感心しなかった理由は、以下に引用する原稿に書いてある。
 これは、同年の11月に、「Sight」誌のために書いた、「2009年のベストセラーを読む」という記事の一部だ。

 --略-- 『男道』(清原和博:幻冬舎)は、男性原理のあれこれが横溢している書物だ。男の愚かさ、男の独善、男の虚栄、そして男の小心と男の弁解と男の自己愛。

 キヨハラのような男の欠点は、自分の欠点を自覚できないところにある。というよりも、男を自認している男の自意識は、自己と他者の双方に対して、おそろしいほどに無神経なのである。

 清原の言い分は徹頭徹尾身勝手だ。

 ファンダムの中の人間は、きっとその言い分を全面肯定する。逆に言えば、そういうファンの全面肯定が、清原という全面皇帝を作り上げてしまったわけだ。

 熱狂的なファンでなくても、清原に好意を抱いている野球ファンは、彼の述べるところを理解するだろう。でも、理解はしても納得はしない。

 私は単にあきれた。--略--

 事件の第一報を受けて、私が感じたのは、この時と同じ「あきれた」という感情だった。

 が、今回は、それ以上に、いたましさを強く感じている。
 大げさに言えば、私は、清原が犯した過ちを、自分が犯した罪であるように感じている。

 そういうふうに、見ている者に、敬意や親しみだけではなくて、責任を感じさせるような存在を、スターと呼ぶのだと思う。

 その意味で、清原は、稀代のスター選手だった。
 できれば、立ち直ってほしい。

男の道は独善で虚栄で小心で自己愛で…
コラムの道は…あれ、似てる?

 当「ア・ピース・オブ・警句」出典の5冊目の単行本『超・反知性主義入門』。おかげさまで各書店様にて大きく扱っていただいております。日本に漂う変な空気、閉塞感に辟易としている方に、「反知性主義」というバズワードの原典や、わが国での使われ方を(ニヤリとしながら)知りたい方に、新潮選書のヒット作『反知性主義』の、森本あんり先生との対談(新規追加2万字!)が読みたい方に、そして、オダジマさんの文章が好きな方に、縦書き化に伴う再編集をガリガリ行って、「本」らしい読み味に仕上げました。ぜひ、お手にとって、ご感想をお聞かせください。

■変更履歴
記事掲載当初、本文中で「固持しながら」としていましたが、正しくは「固辞しながら」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです [2016/02/08 13:00]