仮想通貨がハッキングによって流出する事態を正確に予期していたというのではない。
 「仮想通貨がどういうものなのかはよくわからないが、こういうよくわからないものに手を出してる人たちはいずれろくでもない目に遭うはずだ」
 といった感じの、およそ不明瞭な予感のようなものを抱いていたに過ぎない。

 ともあれ、私に限らず、ビットコインを初めとする仮想通貨周辺のあれこれについて「わからないものへの忌避感」を抱いていた向きは少なくなかったはずで、そういう世の中の新奇な動きにビビッドな反応を示さない鈍感な多数派に属するわれわれは、ありていに言って、今回の出来事をうれしそうな顔で話題にしていたはずなのだ。

 「仮想通貨の将来性ってな話とは別に、あの会社がダメなことぐらいはわかってないとダメだろ」
 「たしかに、ホームページ見に行ってみたけど、27歳のトッポい顔した社長が、大学のサークルみたいなノリでウェイウェイいいながら経営してる会社を信じて取引に使った時点で、山羊に手紙の配達を頼んだヤツと同じだよな」
 「ひどいことになるだろうな」
 「どんどんひどくなることを希望します」
 「まあ、こういう会社がバカな被害者ともども消えてなくなることは、集めた落ち葉を焼き払うみたいな意味で環境の浄化に寄与してるわけだわな」

 てな調子で、各種ネットメディア上で発言する匿名の紳士淑女の皆さんは、おおむね、今回の混乱を歓迎していた。

 他人の不幸である点がはっきりしている限りにおいて、この種の経済事件には常にホットな需要がある。われわれは、自分に利益をもたらさない情報であっても、他人の損害を伝えるニュースであれば、その情報から一定の心理的充足を得ることができる。メディアのある部分は、その種の情報を売買するために運営されている。

 こうしたなかで、私がなんとなく気になったのは、被害者を嘲笑するコメントの中に
 「欲望に目がくらんでやがるから」
 「投資なんかで儲けようとする根性が……」
 「だいたいお金というのは額に汗して働くことを通じて得るのが本筋で……」
 「要するに正業で稼いでない連中が淘汰されたってことだろ?」
 という感じのはじめからバカにしたものの見方が目立っていたことだ。

 元来、私は「正業」とか「額に汗して」みたいな立場からの言い様には本能的な反発を抱く。

 そんなふうだから正業に就けていないのだと言われてしまえばその通りではあるのだろうが、その点はともかく、今回、仮想通貨でいくばくかの資金を焦げ付かせている被害者に対して、「正業に就いている」設定の人たちが投げつけてみせた嘲笑に、私は不快感を抱かずにおれなかった。というのも、彼らのものの言い方は、安定が不安定を、正社員が非正規労働者を、信用通貨が仮想通貨を、ストックがフローを軽んじて投げつける嘲笑以外のなにものにも見えなかったからだ。