神奈川県小田原市で、生活保護を担当する職員らが、「保護なめんな」などとプリントされた揃いのジャンパーを着用して、生活保護家庭を訪問していたことがわかった(こちら)。

 わかりにくいニュースだ。

 「何を言うんだ。わかりやすいニュースじゃないか」

 と思った人もいることだろう。
 が、このニュースは、受け止める側の考え方次第で、様々な読み取り方が可能なところが眼目で、その意味では、むしろ、わかりやす過ぎると言うべきなのかもしれない。

 まず、見出しを見るなり、

 「なんという非道な仕打ちだろうか」

 と、そう思った人がいるはずだ。

 そういう人たちにとって、このニュースは、市職員による生活保護家庭への非道な仕打ちと受けとめるほかに、解釈の余地のない、大変に「わかりやすい」ニュースだったことになる。

 けれども、反対側には

 「保護なめんなのどこがいけないんだ?」

 と思っている人々がいる。

 揃いのジャンパーを作った職員たちは、誰に対して何を訴えようとしていたのだろうか。
 そして、その彼らの示威行為のどの部分にどんな問題を感じて、記者はこの事件を記事にしたのだろうか。

 これらの質問に答えることは、簡単な作業ではない。
 色々な解答が考えられる。
 本稿の読者に問いかけたのだとして、おそらく、人それぞれで、相当に違った反応が返ってくるはずだ。

 メディアの伝え方も、だから、一様ではない。

 冒頭でリンクを張った朝日新聞の記事は、事件の概要を伝えてはいるが、ジャンパーにプリントされていたテキストの意図や、それを着て職務に就いていた職員の意識の持ち方については、特に論評を加えていない。解釈もしていない。全体に慎重な書き方をしていると言って良い。

 NHKのニュースは、
《市職員が「不正受給許さない」のジャンパー 厳重注意》(こちら

 と、ジャンパーの背中に書かれていた英文の要約を見出しに持ってきている。

 不正受給を許さないことは、もちろんそれ自体としては、間違った考え方ではない。反社会的な言明でもない。

 問題は、生活保護家庭の立場に立ってその彼らのために働く立場であるはずの市職員やケースワーカーが、まるで、不正受給を摘発するべく当局から派遣された査察官みたいな構えで、自分たちがサービスを提供するべき人々を威圧していた点にある。

 たとえばの話、

「ポックリ死ねれば万々歳」

 という言葉を、皮肉屋の小説家が色紙に書くのは、特に問題のある態度ではない。
 しかし、同じ言葉を老人福祉施設の介護士がTシャツに大書して勤務していたら、やっぱりあんまり素晴らしい言葉ではないということになる。

過去のコメントを見る(123件)

過去のコメント

  • 色々意見が出ており、それぞれの意見、立場、諸々あると思いますが、これが親が子供に就かせたい仕事No.1、公務員のお仕事でもある訳で、コメントにも業務が苛酷だという主張もありますが、たかだか数年の我慢で異動でしょう。
    この仕事が嫌で自殺した職員も居ませんよね。
    その程度辛さでは?というと冷たいか。
    それも嫌でこう言う行いをする、出来るという公務員の安定した立場、人の痛みのわからなさも背景にある様に思います。

  • ところでさぁ、働くってどういう意味!何をもって働き頭。
    原発避難民は非国民?働かずにパチンコ通い。
    同様に生活保護受給者はパチンコ店に通うナ!
    え?ナンデェ?

    遊興費を与えるために税金を納めているわけじゃない!
    生活保護費を受給している人間はパチンコをしてはいけない!
    ん、じゃぁなにかい。原発で避難して受給している人間はパチンコしてはいけねぇってぇのかい?

    それじゃぁお聞きしますが、働くってぇ意味は、なんなのよ。
    その定義とは?
    金を稼ぐのが働くだァ?
    それは物々交換だったら?昔のムラ社会は現物供与。つまり労働だったわけよ。
    ところで、アーチストの行為は労働?遊興?いや失礼しました。
    働くって……なんなんでしょうね。パチンコの行為には働きに該当しない?個人で楽しむものは労働とは言わない!他人に感動や楽しみを与えるものは労働という、これすなわち働くことの原点。
    かなぁ。

  • >わたくしども日本人は揃いの衣装を身につけると、およそ3割方知能指数が低下することになっている。

    笑った。確かにそのとおり(笑)

    内容とか意図とかどうでもいいんだけど、このユニフォームを作ることでどんな効果が得られるというのか。
    効果があると言うなら何を根拠にそう判断したのかお伺いしたいものです。
    フィーリングで税金を無駄遣いする人って意外と多いんですよね~。

  • 生活保護ケースワーカーの現場は過酷です。中には恵まれない境遇の可哀想な方もいますが、
    親兄弟果ては実の子にも不義理を働いて見放された方々も多くいて性悪説で見ないとやってられません。親戚や友人で借りた金を返さない嘘つきはいませんか?そんな人が生活保護受給者に結構な割合でいます。なので小田原市役所のやるケースワーカーがこんな形で非難されるのは、気の毒に思います。

  • 不正受給は問題かもしれないが、もらうべき人に支給しないほうになめんなよと言いたい。

  • 結局、不法行為に立ち向かうために強制権を持たない側がどう対処すればよいか、という話に繋がると思いました。例えば1990年代まで頻発していた企業と暴力団関係者の癒着。この問題解決には「反社会的勢力に対する規制法規の整備」「企業のコンプライアンス関連対策の充実」「反社会的勢力に関与するリスクについての社会的コンセンサスの醸成」「警察との連携強化」等がセットとなり奏功しました。生活保護の不正受給に対しても同様に法整備・罰則強化・警察権の大幅介入容認等の対策がなされれば、今回のように地方の一部署が過剰防衛に走ることも抑えられるのではないでしょうか(勿論、補足率向上のための対策とセットで)。「不正受給はたったの○%に過ぎない(から問題ない)」と嘯く方は、お勤めの会社で「当社の取引中、反社会的勢力関連はたったの○%に過ぎない(から問題ない)」とプレスリリースする勇気はお有りですか?不法行為も不作為も見逃すと巡り巡って自分に不利益が降りかかってきます。

  • 生活保護は、本当に悩ましい制度だと思っています。

    必要な人にとっては最後の命綱で、これが無いと死んでしまう。憲法が保障する最低限の生存権を実現する制度として、日本ではホームレスになって死ななくともなんとかなる、はずの制度。

    一方で、反社会勢力が不正受給をむさぼっているのも、また、事実。実際、パチンコ屋に車で乗り付けている受給者の話を良く聞きますから。生活保護を受ける条件に自家用車は持っていないこと、クーラーなどのエアコンは持っていないことがあることを知っていると、不正受給への憤りは確かに自分でも持っています。

    この二つの全く異なる人たちに同じ制度を適用するなら、当然ながら現場での運用に苦労が絶えないこともよく判りますし、担当者のご苦労は察するに余りあります。

    ただ、何故に英語なのかについては、弁護士得ません。日本語では無く、英語で書いている点、これは「主張しているようで、伝えることを目的としていない」ということでしょう。つまり、卑怯です。

    心情的には、言いたいことがあって、それを主張しているのですが、それはあくまでも楽屋落ちに留めている。でも、読む人によっては判る。つまりは、生活保護受給者には判らないと断じてのことでしょう。

    このやりかたには同意できません。だったら、内側に書いて「現場職員の意見統一」のシンボルとする方が、まだ、理にかなっているのでは無いでしょうか。

    ご苦労は判ります。大変なので、その仕事を「やらされている」と感じていることもお察しします。しかし、それほど大変なことをやっているのに、わざわざ、ご自分達の自尊心を汚すような行為だと見えるのです。卑怯は言いすぎかも知れませんが、敢えて、撤回しません。書くなら、日本語で書くのが「主張」です。

  • 結局考え抜いたら対外の問題は「教育、だよな」になる。
    想像力を養うのも、生活力を養うのも、子供のころからの家庭での、学校での、実生活での学びだからさ。
    教育が行き届けば相手の気持ちを思いやれない、自分の立場をわきまえられない「なめんな」ケースワーカーも減るだろうし、どう考えても自活できない人生を歩んじゃう生活保護受給者も減ると思う。
    本題とずれるけど、生活保護の受給者の実態をもっと詳細に正確に公表して欲しいと思う。推察ばっかりで話しても仕方ないし。誰でも陥りうる状況(病気、事故、リストラとか)の人とか、人生設計ミス(専業主婦に永久就職計画してた女子とか)の人とか、色々いるとおもうんだ。それぞれの支援の仕方って全然違うと思うのに、分類が失礼とかなんとかなのかな、データが無ければ憶測で判断されるのもやむなしだよ。

  • どうせ載らないから、現実を書く。
    生活保護をなくせという人は、切られて自殺した人を知っているか?
    小生はこの20年間に、数人の生保を切られて、自殺した人を知っている。
    そのうち2名くらいは、実際に死に様を見たことがある。
    自殺者の姿は、テレビなどと違い、凄まじい状態で見つかる。
    その前で、生保はいらない。生保をもらう人間は社会のお荷物と言うだけの根性があるか?
    また、生保を切られて、暴力に訴える人もいる。脅す人もいる。小生は何度も脅されたことがある。
    そういう危険な状態で、生保は廃止すべきだから、君へ金を一銭も出させないと言うだけの勇気があるか?
    現場に立ったことがなくて、好き勝手言っている人が多い。

  • 式典の国旗掲揚や君が代斉唱の指示に従わない
    公務員や公立学校の教員がニュースの
    話題になったり、実際に目のあたりにした際、
    個人的にそうした思想信条に対して
    日本死ねと同様に嫌悪感を覚えるものの、
    強制はできないし表現の自由という
    権利は認めないといけないと
    思っていたものです。

    そうした目線で見た時、
    これは望ましくないことではありますが、
    業務がきちんと行われていたかどうかを
    まず問題にすべきだと思いました。

    生活保護を受け取る権利がある全ての人に、
    きちんと分配されていたか。
    ヤクザのような人に屈していなかったか。
    弱い立場の人が受け取れないようなことを
    していなかったか。
    生活ぶりを公平に見たか。

    マスコミには何を着ていたかではなく、
    上記のような職務怠慢の有無について
    ぜひきちんと取材して
    ほしいものだと思います。

  • JRの「歩きスマホやめてね放送」や「声掛け推進運動放送」と同じく、アリバイ工作でしょ
    新聞社が揃いも揃ってジャンパー報道。一番重要なのはジャンパーではなく施行方針が変わったのか否かではないの?
    法治の方法を監視するのがマスコミの役目、情に寄り添うのは一部雑誌や一部夕刊紙、くだらないコラムニストに任せておけばよい。

    日本は「民主主義」ではなく、某隣国のような「民衆主義」に変わっちまったのかね?

  • >「なめんな」と言われる立場になってみよ

    「冗談は、よせ」

  • 生活保護を受けている人の中には、切られると暴力を振るう、火をつけるなどの行為に及ぶものが、少数だがいる。全国で実際起きている。
    弱者だから寄り添えという人は、その暴力行為も受容せよというのか?右のほほを打たれたら、左を出せというのか?少数でも、打ち切りに対して、暴力行為を行う者は必ずいるのである。
    市の職員は、殴られろというのか、刺されろというのか?
    小生も、お前の家を探し出して、火をつけてやると言われたことがある。そういう経験のない者は、何とでもいえる。理想論をぶって、悦に入っている。

  • 不正受給は簡単には減らせない。命がけだ。
    ここに投稿する人は、現状を知らないのに、建前論で言っているだけだ。
    小生は、毎日生活保護の人に会っている。市の担当者に会うこともある。
    建前で、不正を正せるという人は、自分でやってみたらいい。
    危険が大きく、馬鹿馬鹿しくなるだろう。
    なめるなとは、小田原市の他の部署に対してだと言い訳しているが、それだけ泥をかぶる部署なのだ。
    建前論では、何の解決にもならない。
    不正受給を減らしているという市も、本来支給すべき人を切っているだけではないのか?

  • 毎回、小田嶋さんのコラムを読み、違和感や共感を整理し、頭の体操としています。
    今回の件、まずは、朝日新聞の引用をイントロに、本丸である産経新聞の引用と両端を並べたわけですが、できればこうした予断を持って記事を書くのでは新聞を中点として取り上げてほしかった。一般紙寄りになったとはいえ、やはり日経の記事がより客観的に書かれいたと思う。

    さて、世間が弱者に対して不寛容になった、「なめんな」と言われる立場を慮らなくなったとコメントされていますが、逆に、私は、現場に係らない全くの第三者が、筋違いの正論を声高に叫ぶことが、如何にもその現場のようにマスコミが取り上げることが問題だと思う。
    小田原行政は誰に頭を下げたか。 大騒ぎになるとうるさいマスコミであり、その裏にいる正義を声高に叫ぶ者たちへだろう。 ほとんどのマスコミは、それを制作し、着用した職員の声を聴かない(非難のインタビューはあっても)、そのジャンパーを着た職員に対応された自立要支援者の声を書かない。

    それは、例えば、東京で煌々とした明かりや休みなく走る電車を利用しながら原発反対を叫び、一票の格差を叫ぶ声を取り上げるだけで、原発で潤った村や被選挙者を立てられなくなった自治体の声を取り上げないのと同じだ。

  • 「なめんな」と言いたくなる立場になってみよ
    生活保護担当者が、正にあちこちから小突き回されて孤立無援の
    役所からも見下される立場にあったという証言があります。
    怒鳴り込んでくるどころか、身の危険を感じてなお日々の仕事を
    こなしてる人の立場にも考えるべきですね。

  • >底抜けのアホ。こういう人が選挙権を持っているという事を恐ろしく感じる今日この頃。想像力の欠如が現代日本社会に現れている数々の病巣の根底にある問題。

    罵倒から入る人間は本当に品性が無いですね。そして、こう言う方が何故か人権を守れとか大義名分を振りかざす事が多いのは本当に滑稽です。他人の勤労の成果に寄生して、恥を知らずに生活保護を受給している人の意識も、まあこんなものでしょう。何が悪いのかとか思っている事でしょう。自分に甘い方は、品性も誇りも無いのがよく分かります。

  • 生活保護受給者にも、様々な理由はあると思います。
    が、不正受給者の対策(取り締まり)も 一方では絶対に必要なこと。
    油にまみれて 真面目に真剣に働いている人が その(生活保護)金額に
    満たない人もいる事実。
    逆に 最近のニュースで70歳を過ぎた父親が 新聞配達で家計を支え 身体の不自由な
    妻とそれを介護する 娘の三人家族が入水自殺を図る・・・生活保護申請が通ったのが遅かった・・
    現実。

    必要な人には 思いやりを持って税金でのお世話を。
    不心得者には 支払わない。 (実際に受給しながら 身分不相応な生活をしている人がいる現実)
    それが あるべき姿で、その姿に整っていないから 受給致し方ない人まであらぬ疑惑、迷惑を
    受けている。
    その 交通整理は 一筋縄ではいかないと思いますが 行政で知恵を絞ってほしいことです。

    難しい問題であるのは事実です。

  • 20年前なら、2ちゃんねるの中でしか見られなかったような発言が、役所の人間のジャンパーに見られるようになったわけだ。
    確かに、知性や共感力や想像力といった何かの欠乏を嘆くより、
    沈黙しかないような気持ちになる。
    それにしても、なんか言わにゃならん、とは思うのだけれど・・・

  • >底抜けのアホ。こういう人が選挙権を持っているという事を恐ろしく感じる今日この頃。想像力の欠如が現代日本社会に現れている数々の病巣の根底にある問題。
    (2017/01/22)

    君の方が底抜けのアホ
    記事コメントに直接的な罵声を書くのは、本欄のルール「他者の権利を侵害する内容」「他人の名誉を毀損したり中傷する内容」に抵触する。編集者はキチンと削除してほしい。
    私も今回はそうしてるがやむ得ず書いた

  • 今回は、100%小田島さんの意見に賛成します。
    言われるとおり、寄り添うべき立場の人が、見下す姿勢だったから起きたことでしょう。
    その気持もわからないでもないと、大甘なことを言わず、当事者には「間違った考え方により、正しくない行動を取った」ときちんと反省してほしい。

  • 不心得者が増長している社会だからこそ、尚更、金八先生的な意見が必要なのですよ。我慢に我慢を重ねても、暴発したらその人の負けでしょう。今回の件、職員の心情も分からなくもないが、恫喝ジャンパーを着た時点で負け。正義の為なら何をしても良い訳ではない。それは下品な発想。悪を挫くだけが正義じゃない、善良な市民の側に寄り添うだけでも十分に正義です。それに気づいてもらうためにも、性善説に立った発想を発信することが必要なのです。
    不正受給している人たちへの対応は、京都市や名古屋市の取り組みが参考になると思います。彼らはお揃いの恫喝ジャンパーを着なくても、不正受給者の削減に成功しています。
    不正受給者はゼロになるように努力するのは当然のことです。その心意気がないと減りもしませんから。しかし、努力すればゼロになると本気で思っている人がいれば、そいつの頭の中はお花畑なのでしょう。
    真面目な納税者がバカを見るというが、国民も貴方のように真面目な人ばかりじゃない。少数だが、どうやっても真面目になれない人もいる。しかし彼らにも生きる権利はあるのです。彼らを制度の外に追いやることのリスクについては、賢明な諸兄ならわかると思います。

  • 21日の各社報道で、2015年の生活保護不正受給額が169億円規模だったと。
    このカネがあれば、たとえば公立保育園を3カ所新設(各数億円で新築可)、正規の公務員保育士を各10名雇用(あり得ない試算ながら、年収1千万として人件費が合計3億円/年)しても、光熱水道費等を含めて50年以上運営できます。当然、この期間預けた親は働くので納税者になります。

    受給後も、減額・停止要件を満たしながらそれを報告しないのは不法行為です。
    貰える立場の人は堂々と貰えば良いが、やはり、支給側が不正を許さない態度は必須でしょう。
    生活保護法では、受給資格は国民で、現行法制上は他国籍者非該当です。
    また、同法第六十条「被保護者は、常に、能力に応じて勤労に励み、自ら、健康の保持及び増進に努め、収入、支出その他生計の状況を適切に把握するとともに支出の節約を図り、その他生活の維持及び向上に努めなければならない。」とあります。
    パチンコの是非は、博打が悪いのではなく、勤労に励んでいないから同法違反なのです。
    市が謝罪したのは納得できませんね。

  • 生活保護受給の基準は全国一律ではなく、自治体ごとで変更できるためこういった問題が起きているという分析はないのではないだろうか。
    市職員のユニフォームに記載されていた文言は市議会に対する苦情メッセージであるとも受け取れた。
    今後ますます高齢化とコミュニケーション希薄化が進む中で地域の民生委員も活動しづらくなっており、住民と行政サービスのありかたについてシステムからの見直しが求められていると感じる。

    旬なトピックスから素早いリアクションで記事を書かなくてはいけない小田嶋さんの立場も理解するが、画一的な見方で結論づけることなく、できることなら今後も取材を通じてこの件について続編を期待したい。仮に意見が二転三転しても尊重する。それくらい複雑な問題をはらんでいるのだから。

  • コメント欄の書き込みには、
    明らかに、不正受給に対する取り締まりの強化への反発の声があるが、
    人権や差別以前に、それらは詐欺であり不正である。
    不正受給が、生活保護への差別を悪化させていることは事実である。

    結局のところ、このニュースが報道された時点で、
    不正受給への取り締まりが強化されることは既定路線である。
    いくらコメント欄で騒いだところで、無駄なこと。

  •  資本主義経済を基本原理に置いている国では、敗者は必ず生じる。そのため、敗者が増加して資本主義経済の円滑な運用を妨げないように、生活できなくなった人々を救うシステムを用意している。
     また、それは当然のこととして、その国の国民的な合意として認識されている。その救済は当然の人権として行使できるものであり、「行政から施しをうける」ものでもない。
     アメリカ、カナダ、ドイツ、スペイン、イギリス、インド、中国、韓国、これらの国々の行政は生活困窮者に対して、まず救済する制度に乗せること、そして彼らも、彼らに対しても何ら差別的感情を持たないことに国民的な合意ができている。資本主義として早めにカバーしなければ、後で大きなコストとして返ってくる可能性があるからである。
     ルース・ベネディクトによる名著「菊と刀」で指摘されてもいるが、「犯罪を犯した子供をその親がかばう」といった、世界的にはどの国でも強く存在し感情的に他者から批判されることの少ない「家族力」のようなものが、なぜか日本には乏しい。誰かが醸し出した「世間体」の尺度に軽く酩酊して、将来に明るい展望を見いだせないうっぷんを晴らすために、少なくない人々が見えないお祭りの法被を着ているように思える。
     何を言おうと自由ではあるが、民族の袋小路に入るのだけは避けてほしい。

  • 最近は「自由」を単なる「身勝手」なことだと履き違えている人が増えたように思う。自分がそうしたいと思って行うことは、何よりも優先されるという勘違い。
    もちろん、自分の意思でしたいと思うことを行うことは認められるべきことだが、それを行うことで何か影響が出るかどうかの想像力は必要だし、その影響を出してまで行うことなのかの判断も必要だろうし、出た影響に対する責任も伴うものだということも理解しておく必要がある。
    以前は「らしい」という言葉は、「中学生らしい」とか「男らしい」というようなことで使われた。これは、自分が置かれている立場において、自分としてどう振る舞うべきか、ということを考える際に使われていた言葉だったのが、基準が曖昧とか、性差別を助長するといったような指摘があってこういう「らしい」は使われなくなった。
    その代りに出てきたのが「私らしい」とか「自分らしい」という言い方。以前と異なり自分勝手を肯定する言葉になってしまったと思っている。
    今回の件で言えば、「公務員らしい」行動を考えるところが「自分らしい」行動を選んだ結果なんだと思う。
    小田原市職員だけでなく、バカッターや過激な動画のユーチューバーと言われる連中とか、最近話題のホテルの経営者も、それらの立場での振る舞いを考えずに、自分の都合でしか行動の判断ができなくなっているということでは同類なんだと思う。

  • まず先に大事な点を一つ言わせて頂くと、私は産経新聞は赤旗と同じような一つの政党の機関紙だと思っています。iPhoneが出始めの時無料で紙面が読めるという理由で産経新聞アプリを入れて読んでいました。朝日新聞が中国に批判的な記事をあまり書かない時に別の角度の意見を読める点は情報の比較ができるという点は多少の評価はしています。しかし民主党政権時代は政府の批判を書いていて新聞らしく振舞えていた紙面が自民党政権になるやその舌鋒は影を潜め体制翼賛の記事が並びます。多少批判的な表現の見出しがあって読んでみると北朝鮮、韓国、中国に対しての軍事的な働きかけが手緩いといった内容だったりします。実はそんなことは百も承知の上で産経新聞を普通の新聞と思っている読者がいる事を意識して書かれるのならばハッキリ「自民党機関紙の産経新聞は」と前置きしても良いくらいかと思いました。

  • >ジャンパーの件は不適切だし、是正されてもいいと思いますが、正直猛批判される事でも無いと感じました。批判するジャーリストは64人の担当者に取材して、背景と心情を明らかにした上で批判すべきでしょう。こんな記事は「個人の感想です」の領域を脱していません。居酒屋の愚痴ですね。
    それはそれとして、いい加減に生活保護者は赤の他人が一生懸命に働いて得た金銭に寄生している自覚くらいは持って欲しいです。障害がある方ならともかく、健常者なら恥と思って欲しいですね。その自覚があるような方へ受給する分にはいいと思います。ただ、権利を声高に主張する方は論外です。当然の事と思っているなら、村八分にしてもいい。謙虚さが無い。
    国家として最終的なセーフネットとして機能するのは良いですが、好ましい事では無いと感じて欲しいですね。。後、国民限定にして、外国人は対象外にする事も必要かと。外国人はその母国が救うべきです。

    >底抜けのアホ。こういう人が選挙権を持っているという事を恐ろしく感じる今日この頃。想像力の欠如が現代日本社会に現れている数々の病巣の根底にある問題。

  • 「救急車なめんな」、「タクシー代わりにタダ乗りするやつは許さない」。そんなメッセージが書かれたユニフォームを救急隊員が着ていたらどう思う?困っている人を助けて感謝されるような仕事についている人達が、助けを求める人たちをふるいにかけるような態度を前面に押し出すのは残念としか言いようがない。

  • ●多くの人がコメントされているように、お揃いのジャンパーを作った側の声が取材不足ですね。

    ●そもそも面倒くさがりキャラの小役人が、自腹を切るほどモチベーションを上げて仕事に取り組んでいたという状況が、なんか釈然としません。つまり圧倒的にそこが不自然。

    ●普通に考えたら誰かがネジを巻いたはずです。(たぶん善意で)
    それは上司かもしれない。監査部署かもしれない。議員かもしれない。オンブズマンかもしれない。新聞社や宗教団体かもしれない。

    ・・・そーゆーのをちゃんと誌面に出せ!と。

  • 「生活保護というワードに脊髄反射的に嫌悪感を露わにする人たち」という脊髄反射。

  • あなたがそうなってみたら?としか思えない。

    「上から目線」と主張しているのは滑稽です。
    選民意識というのは、自分のことではないか?

    現実に現場で相対する人が凶暴化せざるを得ない状況には頬かむり。

    お題目はみんな知ってます。お礼を言う側?が当然の顔をすることがそんなにいいことか?

    不心得者が増長する社会を見ているのに、金八先生が理想みたいなコラムは意味がない。

    彼らがそういうふうに行動しているのは我慢の限界が近いということ。

    理想と現実のバランスを欠いた社会がどうなるかはドイツの今の苦境をみればわかる。

    我慢させすぎて、身内が酷い目にあっても、あなたは高みの見物ですよね。

  • 『このニュースは、受け止める側の考え方次第で、様々な読み取り方が可能』

    人は自分の知識あるいは思いこみに従って判断するものです。

    「生活保護担当職員は生活保護を受ける人の立場に立って仕事をしており、生活保護の趣旨に反して不正受給者あるいは不正受給を企てる者には厳しく当たるが、本当に必要な保護を申請する人、受給している人を威嚇などしない」と考える(認識する、あるいは思いこむ)人であればこのジャンパーを」来た人は正義のヒーローであって非難の対象にはならないでしょう。(そう考えるにはジャンパーのデザインがいまいちですが)

    今回、実際に職員の意識がどうであったか、受給者の受けた印象がどうであったかの調査も報道も不十分な状態で、ほとんどのマスコミも、小田原市も、このコメント欄に書き込む人も、ほとんどの場合、非難する側に回っていると言うことは、一般に「担当職員は保護申請者・受給者の側に立っている訳ではない」と思われているということでしょうか。

    私も、そんなドラマの熱血職員のような状況のはずは無いと思っている一人ではありますが・・・

    それはそれで悲しいことです。

  • 一部の題材に関しての考え方は違うものの、小田嶋ファンである私から見ても、小田嶋さんが生活保護や市職員の業務などについて、報道とかネット上の表面的な情報しか知らないことが分かりました。今回は内容的に少々薄くて軽すぎます。
    ジャーナリストではなくコラム二ストなので現場に行けとは言いませんが、その分もう少し深い考察のある記事、若しくはヒネリのきいた記事をお願いしたいところです。

  • 世界のみなさまにガンダムネタだって、伝わってるといいですね。

    http://www.bbc.com/news/blogs-news-from-elsewhere-38677729

  • 英BBC NEWSのウエブ版に記事が出てるぢゃないですか。
    ジャケットの写真付きで。

    英語で書いてくれたおかげで、ダイレクトに伝わってよかったですね。(棒)

  • 1993年の「福祉川柳事件」で発覚した差別川柳には、もっと凄いのがある。

    「休みあけ 死んだと聞いて ほくそえむ」
    「ケースの死 笑い飛ばして 後始末」
    「やなにおい きっと部屋で くさってる」

    受給者の死を聞いて「ほくそ笑む」。受給者の死を笑いものにする。受給者の死を悼む感情は一切なく、死体が腐っているのを「やなにおい」と汚物扱い。

    そもそも人間の感覚ではないですわ、これは。

  • すみません。古いアニオタです。
    他の方のコメントでどうしても気になる箇所があったので以下、コメント致します。

    >これって機動戦士ガンダムのギレン総帥が演説で地球の住民に対して言った「あえていおう!力スであると!」

    このフレーズだけが独り歩きしているんですよね。でもかなり誤解されてます。
    まずこの演説の対象は、自らが指揮を執っている要塞の防衛部隊兵士に対するもので、その目的は士気の鼓舞。
    そして、この演説の前段で敵部隊主力の半数を新兵器で葬ったことを伝え、今から攻撃してくる敵艦隊はその「残りカス」であり、必ず勝てると言ってるだけなんです。

    正直、なめんなよジャンパーに使ったと言われても、完全に意味が変わってます。
    元ネタになってません。

  • 働く者食うべからずという言葉がある。それを実践しているのは日本でなく、隣「国」、台湾だ。例えば、身障者も公的機関から電動車いすを支給されガムを売っている。十分な収入には結びつかないが、何らそういった考え方を植え付けるような事もせず、単に生活保護受給可能にするのは考えものだ。

  • 生活保護などという制度はさっさと廃止して、ベーシックインカムに切り替えるべきだ。そうすればこんな問題は起こらない。

  • 小田嶋氏の主張、全く論理的でなく説得力ゼロ。
    不正受給に対する断固たる姿勢が、なぜ正当な受給者に対するプレッシャーになるのか。むしろ正当な受給者ほど、不正受給に憤りを感じるのでは?

    受給者に寄り添うことと不正を許さないことは両立し得るし、納税者の大多数はその両立をしてほしいと願っているのではないか。

  • 真面目にやっている人が報われないと話がオチない。

    ズルしている方が得する世の中だと皆の心が荒みます。

    小田嶋さんの感じる寂しさは小田嶋さんが寄り添う朝日が日本を壊したからでもありますよ。

    最初に話を戻しますと、少々残酷な事をしても、真面目にやっている人が報われる形に戻さないと、
    本当に日本が壊れるところに来ていると思いますね。

  • ▼ やはり昔と比べて、日本人が下品になってきたからじゃないですかね。性善説が通用しなくなってきたのも、つまりそういうことなのかなと考えています。▼ 自分の欲望を隠さなくなりました。手に入れたいものは何が何でも、は昔からですが、人に道を譲ったり、電車のマナー、会社の行動云々…自分の欲の為に相手の譲歩を求める人が増えています。また、不正を正すフリをしてその実自分たちの怒りを相手にぶつけている、しかも自分たちより弱い者に対してしかやらない、そういう人たちも増えています。今回の小田原の件はまさしくそれで、更には生活保護者を十把一絡げで扱っている点からも、やはり下品な方々と言わざるを得ない。▼ 下品な人は、建前を嫌い、本音と本能の区別がついていない。更には、お人好しや世話好きといった人たちを駆逐する。そうした人たちが作り出す社会がいかに恐ろしいことか。きっと想像できないのでしょうね。

  • 至極まっとうなことをおっしゃってるようにも見える。
    このような思考であれば、不正受給者が見つかった時は、
    徹底してたたきつぶすくらいの勢いであなたは不正受給者をたたくべきであるが、
    絶対にそのようなことはしない。
    正当な受給者を威圧してはいけないのは当然。
    しかし、そうせざるを得なくなるような不正受給者がみつかったとき、
    差別問題だの、人種問題だの、全然違う問題にすり替えて擁護する態度がおかしいことを反省すべき。

  • 麻薬取締官並みに、ある程度武装したほうがいいんじゃないか?
    丸腰でヤクザや某国工作員の疑いのある人間と接触するのは危険すぎる。それこそ、職員に対する人権問題だ。

  • 想像通りのコメントの数々。
    生活保護というワードに脊髄反射的に嫌悪感を露わにする人たちがこれだけ増えたのは、なぜなんでしょう。

  • >相も変わらず弱者救済の必要性と不正受給の糾弾とを(わざとなのかどうか知りませんが)ごっちゃにして不正受給を擁護するのですね。コメント氏にも散見されますが。
    そうやって話をすり替えて誰にも反論できない「人権」を振りかざして相手を叩き潰そうとするからパヨクは嫌われるのですよ。

    まともな文章読解力もないのにこういうところにコメントを寄せるいわゆる「ネトウヨ」は本当に迷惑ですね.
    小田嶋氏はコラム内で明確に書き分けているし,そして何より,そこを「ごっちゃ」にしているのは小田原市職員を擁護しているコメント者のような人たちだと言っているんですよ.
    そういう頭の悪さと教養の無さが嫌われるんですよwww

    ところで本題.コメントの中に,「0.4%が少ないですって!信じられない!」といった意見が散見されます.
    私自身も不正受給は少なければ少ないほど良いともちろん思っていますが,一方で,同時に,それは不可能だということも分かっています.この世の中に完全なものなどないと知っているからです.
    重要なのは,そのエラー(不正受給)をいかに社会が許容できるか,統計学用語を用いると,αエラーとβエラーのちょうどいい妥協点に着地できるか,なのですが(小田嶋さんが言っていることもこういうことでしょう),その辺りの教養,倫理というものが欠落している人が増えており,非常に残念でありますです.

  • 市職員の役割をなぜ「生活保護家庭に寄り添う」ことに限定してしまうのでしょうか。
    正しくないことを是正するのは行政の役割の範疇に含まれるものではないでしょうか。
    「なめんな」という言葉の品位を問うなら勝手にやればいいと思いますが、
    行政は不正受給者に警告を与えてはいけない、というところからロジックがスタートしているのは受け入れ難いです。

  • 最近(こんなこと書いていたらどんどん記事のネタが尽きて行っちゃうんじゃないのかな…)と思わされる記事が多くありませんか?今回のも、どんな事件に関しても加害者の背景に思いを巡らせること自体を抑制するような、ライターにとってはよくない方向に向かってしまっている気がするのですが。

  • >「客が、なんで、命令されなきゃいけないの!?」だ。

    なるほど。生活保護世帯は、お客だったんですね。
    そりゃ、生活保護世帯がなめるのも当たり前だし、担当者がなめられていると感じるのも当然ですね。
    ちなみに、お客とお店との関係はサービスや商品とお金のやり取りで成立しますが、生活保護世帯と担当者は、何をやり取りしているのでしょうね?

  • 今回の事件は、ちょっと前に透析患者に暴言を吐いて袋叩きにあったどっかの局アナの事件と構図が似てますね。
    大多数は社会的弱者で公的補助を本当に必要としているけれども、ごく一部の不心得者のモラルハザードが国民や公的機関の担当者の反感を買い、その不心得者を糾弾しようと思ったら、大多数の方が猛反発して糾弾者が逆に非難される、というところが。

    そりゃそうと、ジャンパーのデザインは厨二病炸裂しまくりですね。
    なぜギレン・ザビを持ってくるかね、そこで。
    そのうち、「我々は一つのチームを失った。これは敗北を意味するのか?否!始まりなのだ!」とか言い出すよ、きっと。

  • 周囲が憶測だけで騒ぐのは無意味。マスコミ・ジャーナリストは是非この小田原市役所の担当者にインタビューして記事をかいて欲しい(暫くしたら週刊誌あたりが纏めるでしょうから、それまで静観するつもり)。
    もし自分が小田原市職員で生活保護窓口担当になったら、そして上司から「不正受給者をなんとかしろ」とプレッシャー掛けられたらと想像すると、お揃いのジャンパーでも作って自分を鼓舞するしかないかも、とも思います。怖いですもん。

  • 役所の生活保護担当者は物凄く大変だ、
    保護を受ける側にも物凄く問題のある人がいる、
    などなどの事情はあろう。

    しかし、物凄く大変な思いをしている担当者が、
    物凄く問題のある受給者に対抗する策として、
    「なめんな」ジャンバーを作りました、
    というのでは、済まない問題だ。

    市役所の職員が公務中に、
    このジャンバーを着ているということは、
    全ての一般市民に対して、
    「なめんな」と発信しているわけで、
    誠によろしくない。

  • 不正受給の話になると、決まって出てくるのが0.4%という数字です。
    で、生活保護系NPOやジャーナリストがこの値を指して不正受給は少ないと主張します。
    しかし、年間3兆円以上の生活保護費に対して、0.4%というのは100数十億になります。
    これだけのお金があれば、困っている人をもっと助けられるのです。
    不正受給は仕方がないという人たちはそれが分かっているのでしょうか?
    さらに、この不正受給の金額は発覚したものだけです。税務署のような調査権限も持たず、担当人員も限られた中で発覚したのがこの金額です。実際にはもっと多くの不正受給があると考えるの正しい認識でしょう。
    なお、生活保護約160万世帯に対して不正受給件数は約3万件ですから、50世帯に1件、つまり2%の世帯が不正受給の対象と考えられます。これも発覚した件数だけです。

    担当者がなめられていると感じるのは当然ではないでしょうか?
    もっと言えば、不正受給した人以外の全てがなめられているのではないでしょうか?

  • コメント欄、賛否両論のようだが、しかし「まっとうな意見」の対立とは思えない。
    個人的には、こういうメンタリティの人々には生活保護に関する行政には携わってほしくないですね。
    その「なめんな」の人たちは、「不適格」な職を奪われることによって、自分の生活が困窮するようなことを体験でもしなければ、同情心とか湧かないものなのだろうか?もしそうなら、「普通」の市民としても、あまりに想像力が欠如しているような気もする。
    それとも、擁護論者たちが言うように、認知不協和の現場に疲れ果ててしまっている彼らこそ、被害者なのだろうか?(でもそうだとすると、なめんなユニフォームを着ている連中は、社会的病理の患者なのであって、われわれ一般市民は、彼らの行動自体を肯定も擁護もする必要はない話のような気がするのだが。)

  • このニュースを知り最初に感じたのは、「みんなでジャンパー作ってオラオラする感じが、ヤンキーっぽくって、頭悪そうで嫌だ。ダサっ!」でした。合わせて、「小田原って、そういうオラオラした感じの人が市の職員いるくらいだから、他にも普通にたくさんいるんだろうな。あー小田原嫌だ。」とも思いました。私からすると、今回のニュースは不正受給摘発という形で正義を装い、結局は生活保護受給者を馬鹿にしたいだけの底意地の悪さが感じられる、なんとも嫌なニュースです。でも、自分がこう感じたのは、自分が「大卒で、正社員だから」のような気もします。昔は皆が中流で、結婚して、子供持ってというのが普通で均質的でしたが、今はそうではなく、正社員と非正規社員、専業主婦と共働き、高学歴と低学歴、子持ちと子無し、既婚と未婚のような対立があり、それが強調されます。持つものと持たないものに分かれる時代です。持たない人たちの立場からすれば、「自分たちも不遇なのに、ズルして楽をしようとする奴らは許せん。」が先にたちます。自分もその持たざる立場であれば、そう感じるでしょう。「弱いものたちが夕暮れ、更に弱いものを叩く」状態ですね。嫌ですね。

  • 揃いのジャンパー着るより、必ず警官を同行させるべきだ。

  • 一番怖いのは批判者が生活保護を受けていない強者であるという視点で批判を行い、それを自覚していないこと。
    いつ自分が生活保護に落ちるかわからないのが人生だということがわからないのかもしれない

  • オダジマ氏の文章は読むのが面倒くさい。
    仕事のための仕事をしているかのような面倒くさい文章で
    何が言いたいのかわかりにくい。
    しかし、コメント数が毎回トップクラスだ。
    もはや日経コラムニストの中でも看板選手だ。
    私の感覚では毎回平均100近くコメント数を獲得している。
    面倒くさい文章なのになぜだ?
    日経のコラムは毎週たくさんアップされ、個人的には「目から鱗」レベル
    の記事も少なくない。
    しかし、そんな記事のコメント数を見ても0件~2件もざらだ。
    そしてそんな記事にコメントを投稿しても、掲載してくれない。
    なぜか? なぜだ?
    後でどう考えてもまずいことは書いていないのに。
    どうやら
    「コメントの掲載は編集部がマニュアルで行っています」がポイントか?
    怠慢編集者がいるのか、
    担当編集者によってフィルターの厚みが異なるのか、
    日経自体が、コメント欄など重視していないのか?
    オダジマ氏のコメント投稿のようにオープンライクにしてほしい。
    情報は横に流れる今の時代を日経さんだったらわかっているはずなのだが。
    道脇裕氏(NejiLaw)の記事など最高だったのに・・・

  • ごめんなさい。少しだけ。

    最近,この手の話になると必ず出てくるキーワード。「左翼」「右翼」。そんなに重要ですか?ちょっとリベラルな話をすると「左翼」だし,ちょっと保守的な話をすると「右翼」だし。そんな言葉でくくれるような話ですか?左翼思想だ右翼思想だって,まるで危険思想のような扱い。小田嶋氏の意見が危険思想ですか?

    日本には人が何人いるでしょう?その人が全員同じ思想って恐くないですか?もういい加減「左翼」「右翼」なんて枕詞無しに語ったらどうですか?この二つの単語を使わなくても同じ内容のことはかけるでしょ?物事の本質を色眼鏡で見ないで。読んでいても息苦しくなります。

  • 生活保護を受ける権利は、社会のセーフティネットとして重要な役割を果たしている事は、日本国民の誰しもが認めるポイントであり、生活保護制度そのものを「悪」とした論調を見た事が無い。偽装離婚で不正受給したり、身内が支えることが出来るのに放棄していたり、働けるのに働かないような生活保護制度の趣旨に反する行為に対して「刃」が向けられている。
    もし、社会の攻撃欲求が生活保護制度そのものに向いているのであれば、(民主主義国家である日本での)政治はその方向に向いているはずである。「生活保護制度」が無くなっていないという事を理解すべきである。
    「社会の攻撃欲求」はどこに向いているのか、小田嶋氏自身の思い込みを取り払い、冷静に見てはどうだろうか?

  • ジャンパーの件は不適切だし、是正されてもいいと思いますが、正直猛批判される事でも無いと感じました。批判するジャーリストは64人の担当者に取材して、背景と心情を明らかにした上で批判すべきでしょう。こんな記事は「個人の感想です」の領域を脱していません。居酒屋の愚痴ですね。
    それはそれとして、いい加減に生活保護者は赤の他人が一生懸命に働いて得た金銭に寄生している自覚くらいは持って欲しいです。障害がある方ならともかく、健常者なら恥と思って欲しいですね。その自覚があるような方へ受給する分にはいいと思います。ただ、権利を声高に主張する方は論外です。当然の事と思っているなら、村八分にしてもいい。謙虚さが無い。
    国家として最終的なセーフネットとして機能するのは良いですが、好ましい事では無いと感じて欲しいですね。。後、国民限定にして、外国人は対象外にする事も必要かと。外国人はその母国が救うべきです。

  • 自分が正しいと思ったら、反対する人を平気で侮辱してもよい、というような雰囲気がある。著者が一番懸念する雰囲気だろう。「クズ」だと躊躇なくいえてしまう役所の人たちの思考回路や心理が非常に気になる。国会でも平気で同様の言葉をぶつけ合うし。国家間も同様。特に東アジアの国々。日本人は糞になった!といえば、私も同じ狢。

  • 私の親戚に生活保護の受給窓口を担当していたものがいます。窓口に来る人は、本当に困窮している人、明らかに〇〇ザ系と思われる人、精神を病んでいる人、とにかく誰かに話を聞いてもらいたい人など様々で、弱い人に寄り添って考える云々以前の状況が毎日展開されたとのこと。また地方財政厳しい中で、不正受給者摘発には一定の目標が指示され、それにより、明らかに問題と思われる対象者宅には何度も足を運んで中止する旨を伝えるが、脅されたり、泣かれたり、逆に全く無反応だったりと ものすごく神経を擦り減らす作業の繰り返しとのこと。
    小田原市のジャンパーの件は、それ自体、担当部門の公務員の立場の人間がしてよいことではないと思います。しかしこの人たちが何故これを皆で着ようと思うまでになったのか、そして何故日本語ではなく一見では分かりにくい英語表記にしたのか等 もう少し深堀してからコメントする必要があると思います。

  • > 生活保護受給者そのもの

    ほんとそれ。不正受給の実情を無視しているのも、その証拠。
    不正受給のほとんどは、子供がバイトしたとかその程度の、むしろ生活保護のシステムがおかしいことに由来することをわかってない。

    不正受給というと、豪華な車を乗り回したりとかをイメージするようだが、それは間違ってる。
    それはむしろ警察案件で、市役所職員がなんとかできる案件じゃない。

    そんなに生活保護って悪いですかね。私の祖母は生活保護を受けてて、その後立て直して、孫である私は大学まで行って、普通の生活しています。別に大金持ちとかではないが、普通に税金を払い、普通に消費してる。

    生活保護は長いスパンで見るべきシステムで、件数が少ない不正受給程度で、なくすべきシステムじゃない。

    そのことをわかってないほど、頭悪いのが多くなっているのが悩ましい。

  • 相も変わらず弱者救済の必要性と不正受給の糾弾とを(わざとなのかどうか知りませんが)ごっちゃにして不正受給を擁護するのですね。コメント氏にも散見されますが。
    そうやって話をすり替えて誰にも反論できない「人権」を振りかざして相手を叩き潰そうとするからパヨクは嫌われるのですよ。

  • Twitterに流れておりましたが、件のジャンパーにプリントされたエンブレムは、イングランド・プレミアリーグのリバプールFCのソレをパクったものだそうです。

    本来のエンブレムには"You'll never walk alone"と記されています。エンブレムをパクった輩は、まずこの言葉の意味を理解すべきでしたね。

    ちなみに本件はBBCでも報じられたようで…。色々な意味で恥ずかしいですね。

    http://www.bbc.com/news/blogs-news-from-elsewhere-38677729?ocid=socialflow_twitter

  • 生活保護について
    生活保護はあくまで人間生活を送るうえで最低水準のレベルを維持する為の
    保護支給であるべきだと考える。
    娯楽やギャンブルに使用するなど以ての外である。
    その様な使い道の収入が欲しいなら、全うに働きましょう。
    働けないなら娯楽は諦めて下さい。
    そのレベルをキッチリ行政が把握し、不正受給を取り締まって下さい。
    とてつもない不運に遭遇し、受給者の立場になったとしても
    最低水準であろうが生活していける(生きていける)のであれば十分有り難いです。
    働けない人が娯楽なら出来るって絶対間違っていると考える。
    そうでなければ受給者は減らない。
    誰も自立しようなど考えない。
    人間とはそういう生き物だから。

  • ある小説の中で、コンビニの店員が店長を馬鹿にしたり、
    コンビニ店員が自虐したりしているシーンがある。
    事実として、コンビニ店員をなめている客がいる。

    で、コンビニ店員が、そういう少数の客に対抗するべく、
    「Konbini Namenna」というステッカーを胸に貼っていたとして、
    コンビニの本部が「問題なし」と思うわけもないだろうし、
    コンビニのお客が「問題ない」と思うわけもない。
    っていうか、問題になる前に、客が減るだろう。
    「コンビニなめんな」をローマ字表記していても、
    言葉が命令形である以上、
    「客が、なんで、命令されなきゃいけないの!?」だ。

    で、小田原市の「保護なめんな」
    誠に不愉快だ。
    問題は、コンビニと違って、保護を受ける側は、
    店を変えるように、市役所員を変えることはできない、
    ということだ。

  • 「保護なめんな」がどういう意味か分からなかったので、何が批判の対象になっているかも分かりませんでした。背景を知った今でも意味不明な言葉です。
    「保護されているからって何かしら劣った人間ってわけじゃないぞ。なめんなよ!」という、どちらかと言えば受給者を擁護しているのかなとも思ったのですが、A新聞の記事を読んだ限りでは不正受給に厳しく接する立場から、「(我々公僕の)保護(が妥当か検査する能力を)なめんな」といった意味合いのようだと解釈しました。
    つまり幼稚な自己顕示と判断したので、他の論評はともかく結論の「黙殺する」に賛成です。中二病の領域だと思います。

  • 「なめんな」賛成です。小田原市の職員の方は団結して頑張っているものと感じました。不正受給者の割合は、あるテレビのニュース番組では0.5%くらいだそうです。これをわずかとそのキャスターが言っているのを聞いて驚きました。200人に一人は不正受給という割合のどこがわずかなのか?この中には本当に怖いやくざのような人もいると聞きます。実際の割合はもっと高いのではないでしょうか。生活保護を受けるべき人には支給を容易にして、不正受給者には団結して当たるべきです。(私は怖くてできませんが)

  • 小生が住む市は、生活保護で以前から大問題の市だ。マルボウが生活保護を普通に受けている市だ。
    そこが問題となって、審査を厳しくしたら、本来必要な住民が拒否され、不正な人はOKとなった。
    いくら市長から言われても、マルボウの支給を切ったら、命が危ない。上からは減らせと言われる。弱い、本来支給が必要な人を切る。
    簡単に不正を減らせると思うのは、現実を知らない人だ。
    不正を切るのにも、人員とコストとリスクがかかるのだ。上から、切れといわれても、菅谷にできることではない。ある程度は、許容しないといけない。
    生活保護者に対する攻撃的な考えが多いが、これは欧米での移民に対する攻撃に近い。デフレで賃金が減るのに、生活保護費は増加する一方なので、恨みが出ている。
    政府が景気を改善させれば、すべてが好転する。
    市の職員は、上からは減らせと言われ、下からは凶悪な住民に脅されている。一番の被害者かもしれない。

  • 本当に本物の強面の不正受給者の前に、このジャンパーを着て出ていく度胸があるような職員なら、逆にこんなことやるとは思えない。一時の気炎上げのジョークならまあいいが、何年も、本当の弱者の前にこんなもの着て出て行ってたなら、それは虚勢でしかない。ブルーハーツの歌だ。

  • 生活保護の不正受給は撲滅すべき。
    不適切なジャンパーを着て職務に当たった職員は処罰すべし。
    二つは全く別の次元の問題。それだけのことだと思います。

    私の友達にも市の生活保護担当者がおり、その過酷な勤務状況について聞いたり、病んでいく彼の姿を見て心を痛めており、不正受給問題を含め生活保護の政策は見直される必要があると感じています。

    ですが、不適切なジャンパーを着て職務に当たった行為に関しては、全く擁護できません。
    この様な行為を見過ごしていては、不正受給問題の是正はより困難になって行くと考えます。

  • 左翼の「弱者を攻撃するな」にも、嫌気がするし、新自由主義者の生活保護者は社会のお荷物という考えも嫌いだ。
    デフレを脱却し、日本の経済が成長すれば、生活保護の必要な家庭も減り、経済成長により財政も改善する。
    「すべての問題はデフレに通ず」だ。
    左翼のやり方も、新自由主義者のやり方も、何の解決ももたらさない。問題をややこしくするだけだ。
    小田原市の職員には反省してもらい、「認めたくないものだな。若さゆえの過ちというものは。」と言ってほしい。

  • 今回は、スッキリしない内容でした。
    「ジャンパーを着ている職員は生活保護受給者に寄り添っていない」ことになっていますが、本当にそうなのでしょうか。普段は受給者に寄り添い、受給者のために活動しているのに、不正受給が後を絶たず、そのことに憤りを感じ自分たちの意思表示のためにジャンパーを作成したのか、オダジマサンが書いているように、権力を背景に威嚇の効果を狙って作ったものなのか、その根拠はどこかで明らかにされているのでしょうか。そこが良く分からないので、今回は賛同も反対も出来かねます。
    意図はどうであれ、そんなことが書いてあるジャンパーを着ていること自体が威嚇になるのだ、という論には賛同しかねます。人は心があれば通じるものだと思います。どんなに綺麗な恰好で丁寧な人であっても、心がなければ人は動かされません。
    私は、ジャンパーを作って着ることと、職員の仕事ぶりは別の問題であって、仮に職員の仕事ぶりに問題があるのであれば、ジャンパーを作ったことや、そこに書いてあることではなく、仕事ぶりそのものを明らかにし、問題にすべきと考えます。

  • 小田嶋さんが述べている通り「彼らは本来、生活保護家庭に寄り添うべき立場の人々」なのであって、不正受給を撲滅するのも、その本来の目的を達するための一つの過程でしかないはずです。その目的を失って撲滅が目的になってしまっているように見えるのが問題なのでは。いわば本末転倒。しっかり不正受給をなくして、本来必要とされている方に受給できるところまでが彼らの仕事なはず。

  • これ、ちょっと前の人工透析患者死んでしまえ!の話題と文脈は同じ。
    社会福祉政策で救われる人を蔑視するような風潮への警句になっているわけで、生活保護の現場云々を引き合いに出して、このコラムを批判するのは筋が違う。

    それにしても産経抄というは、随分とレベルが低いコラムだなぁ。トランプ大統領の差別発言をヨイショしてどうするってんだ?どうしようもねーなー。

  • 「保護なめんな」などとプリントされたジャンパーを採用・着用して保護にあたる神経が理解できない。不正受給と現場は別の話ではないか。小田嶋氏のコラムは愉しみにしていて、今回の意見にも賛成だが、こんなに長々と書く必要はないと思う。最近「ア・ピース・オブ・警句」というタイトルが、単なる駄洒落のように軽く感じてきた。

  • 小田嶋さんのご意見は、既得権益者の視点でしかない。
    本当に生活保護が必要な国民全てに差別なく行き渡っていとは言えない現状について、もう少し考えを巡らせてほしい。
    また、生活保護を不正受給している不心得者について、見ない振りしているようにしか受け取れない。

  • …で、これって、産経は「自分は不正義である」って言ってるってことですかね?つまり。

  • >われわれは、残酷な振る舞い方をすることを「現実的」だと考えるような国民に変貌しつつある。
    然り。正にその通り。それこそが問題です。
    加えて言うなら、こういう考えを持つ人間は多くの場合現実を直視しにもいかず、想像することすらしない、むしろその能力がない、ということでもあるのではありますが、まぁ、自分自身ではそうであることもわからない訳だし。

  • 不正受給率というのは受給者全体の0.4%だそうです。それが多いのか少ないのかは別の議論だとして、0.4%をけん制するために、既に肩身の狭い思いをされている99.6%の方をさらに圧迫し苦い思いをさせるというのは行政としていかがなものかと思います。ただでさえ不満の捌け口に使われて攻撃を受けやすい受給者を保護する立場にありながら、逆にそれらに迎合して煽って見せる職業意識の低さ、あきれ返ります。そもそもギレンはアジテーターだぞ?わかってやったのか、引用した奴。
    ただ、生活保護を受けている人というのは、可能な限り自立した生活に戻るべくトレーニングを受ける必要があるとも思います。ギャンブルや過度のアルコール等、自活の妨げとなる要素は排除するように指導していく必要はあるのではないでしょうか?

  • 今回の小田嶋氏の内容は、いくつか指摘すべき点があります。

    まず、小田嶋氏の指摘は、荒れた学校の生徒と先生の関係において
    全ての責任は、先生にあるという様なものだ。

    福祉事業が問題になっている最大の問題は、福祉が必要ではない人の
    無関心ならびに、社会環境の変化により、他人への配慮をしない
    人が増えた結果のしわ寄せです。

    福祉は、何も公共職員だけがしなければならない、臭いものに蓋みたいな話ではない。

    次に問題なのは、小田嶋氏は、この福祉の現場または、
    福祉に対して直接携わった上で述べるなら、現場の声として主張が出来る。

    しかし、本文を読む限り、上から目線で、自身では、福祉に直接携わりもせず
    持論を述べているだけだ。

    昨今、キャスターが主張するようになったが、崇高な理念に基づく
    社会の声の代弁ならいいが、単なる自己主張の気がしてならない。

    今回の小田嶋氏の立場は、社会の声の代弁者または、
    切り口として、物事の考え方を伝える役割であって、
    視聴者を集めて、個人思想を広める場にしてはならない。

    そうした点で、小田嶋氏の発言は、氏が批判する、公共職員以下だと思います。

  • 最近の小田嶋先生はダメだねぇ~  従前の洒脱な切り口がなくなり、
    単なる左翼イデオロギー系の代弁者になってしまった。

    ジャンパーは行き過ぎかもしれないが、それを基に不正受給かばってちゃダメよ。

  • 「あえて言おう、クズであると。」これって機動戦士ガンダムのギレン総帥が演説で地球の住民に対して言った「あえていおう!力スであると!」のパクリですよね。それが分かる時点でアニオタ認定です。
    https://www.youtube.com/watch?v=ESTye64hc5o
    日本語でその通り書いてあったら別ですけど、英語のバックプリントの意味が分かる人いたのかな?生活保護受給者の人たちがじっくり背中から読んだりしたのかな?という点が気になります。要するにニュースその他の情報からは、なんの効果を狙ったものか良く分からない。もしかしたらアニオタがシャレで作っただけなのかも知れない。
    むしろオダジマ氏の制服を着ることイコール低脳化のような決め付けの方がおかしい気がします。オダジマ氏の理論によると、自衛隊や警察官や制服のある中高生は制服を着ると3割バカになることになってしまう。これはあまりに失礼なものいいでしょう。
    今回の事件についてリアルなコラムを書きたいなら、生活保護の現場で働いている彼らが、過激な文句をプリントしたジャンバーを着て勤務した真の理由を取材してコメントすべきではないでしょうか?ネットの二次情報をいくら眺めていても、説得力のあるコラムは書けないと思います。

  • 小田嶋氏ともあろうお方が、牽強付会のロジックで新聞記事を批判し、自説の主張をするとは残念です。

    もっと冷静に、当該の小田原市職員がそのジャンパーを製作して着用するに至った背景から、彼らの考えた妥当性の是非を論ずるのが適切と考えます。

    公僕として採用された職員が64人も購入した理由を「スタンフォードの監獄実験」やガンダムのノリで評するのでは、NBOの記事としては質が低過ぎます。

  • コメント欄、荒れるでしょうね(笑)。私は、小田嶋さんの見解に全面的に賛成です。

    どうも、今の多くの日本人は想像力が欠落している。何かのきっかけであっという間に貧困状態に転落し、己も受給者になるかもしれんということを考えもしない。まことにおめでたいというか、あほというか、自分だけは大丈夫と思っていらっしゃるようだ。

    すげー、ポジティブ。そして薄情。

    不正受給もあるかもしれないが、日本の場合、貧困率に対して受給率が低い。簡単にもらえる状況にない。水際で申請者を追い払う「ノルマ」みたいなのを課している自治体もあった。

    ほんと、不人情な国なのですよ。

    あと、小田嶋さん、産経新聞はあれ、新聞じゃない。自民党広報紙、というかただのチラシだから。

    頭が悪い人が熱心に読んでる紙の集合体。私の中ではリトマス紙。馬鹿発見「紙」ですね。

  • 有名なスタンフォード監獄実験とは「他人を監察する権力ある立場、役割におかれた人間は、それがたとえシミュレーションであったとしても、虐待さえふくむ、権力者として君臨するような態度を見せるようになる」といった趣旨です。今回の事件は、「日々多大なストレスと身体の危険に実際にさらされる職に当たる公務員が、公務員としては非常識な文言の入った衣服を私的に揃えた」といったことでしょう。スタンフォード実験とはニュアンスどころか性質がまったく違う。この件は、ネトウヨに「マスゴミ」扱いされるあの朝日ですら、そこを考えて慎重に言葉を選んで報道したわけで。小田嶋氏の今回の記事は、ネトウヨが言いがかりに使うロジックの劣化した模倣にしかみえない。

  • 「遠慮」というものをみんなが持っている。というのが日本社会のシステムの前提にあったのに、それが崩れてしまったことによる事象のように感じる。
    私自身は小田嶋氏、産経両方の意見が正しく感じてしまう。
    生活保護に至る事情は千差万別であろうし、生活保護を受けている人の態度も千差万別だろう。記事やニュースを読んだだけの感想であるならば、自分の立ち位置をどちらかに振ればどちらかが正しいと感じるのではないだろうか。
    自分の権利をノーガードで発信するタイプの人が増えた事、その多くをネットが担っていることは私も感じます。匿名性が本来日本人の多くが持っていた「遠慮」という意識をなくさせたのか、そんなものは元から持っていなかったのか、私は持っていたと信じたいが、それを取り戻すことが、混沌としてきた世界の中で日本人が正しくあり続ける要件ではないかと感じる。
    またそこに至った背景や事実をキチンと知らなければ本当のことは見えないように思う。それがマスコミの責任であり仕事だと思うが、どうも自分たちの考えに沿った意見ばかりが先行して、事実を詳しく伝えるという本来の仕事がおろそかになっているようでそこは不満です。

  • 働くことができることを感謝だと思うのか、働かなければいけないと自分を奴隷のように思うのか、労働ということ一つとっても両面の価値があるように、生活保護にも両面があるように感じている人が多いのでしょう。不正受給はわずかであるとはいうものの、それをどうしても許せないと思う人が多く、かつ、生活保護=不正受給のように思ってしまう人が多いのだろうと思います。見た目だけでは、なぜその人が受給しているのかは分からないものなので、その立場を想像できないという心の貧しさにも問題があるように思いますし。確かに、うまいこと利益を得ているようにしか見えない人もいます。・・・まあ、お互いに余裕がないということかな~と思います。本当の弱者を助けようと考えれば、一定の不正受給者をカウントしておかざるを得ないというのが行政の難しさだと思います。でもそうやって不正受給している人は、人生における誇りもなく、心も貧しいわけですから、それこそ自業自得とあまり目くじらを立てないのがいいかなと思いますが。でも確かに今回は難しい問題だと思いました。人間、弱者に心を寄せることができるほどなかなか強くなれないものです。

  • この件はもやもやしますね。実際,不正に受給されている人もいるわけで,でもこの職員たちは立場的に不正受給者の摘発よりも適正に受給できているかどうかを確認する作業の方が相応しいし。Y氏の後記にも迷いが見られます。冗談で切り返せない。

    まあ,なんというか,世の中ずるいことをするやつは一定数いて,それがまかり通っちゃうタイミングがあるって事なんですよね。森のくまさん然り。何かやるせないものがありますねえ・・・

  • 私が、このニュースを見て、すぐ連想したことは、東京の某区役所の前の路上に止められていたメルセデス・ベンツのSクラスのことだ。私が帰るまでずーっと止めてあったのだから、少なくても数時間、そして、行くたびに止めてあるのだから、常習と言っても差し支えないだろう。
    その車は、大きく身体障害者の証明するかの掲示がしてあった。
    なかなか、小田嶋氏のように、単純に考えるのは、難しいです。

  • 小田嶋さんは一貫して世の中に対してすねたような態度でのコラムを書き続けていて、それが独特の面白さを生んでいた。

    ところがここ最近は一貫して、いわゆる左翼的なバイアスのかかった記事を量産し続けている。

    今回の件は、一部のしょうもない人達がしょうもない行動をしただけで、特に社会問題でも何でもなく論評すべき話ではない。

    しょうもない人達の中には、やり切れない気持ちもきっと色々あって、でもこの件自体はしょうもない話でしかない。

    それをこんな風に書いてしまうとは、一体小田嶋さんはどうしてしまったのだろう。どこへ行こうとしているのか。

    長年のファンをやめて読まなければ良いと言えばそれまでだが、とは言えどうにも目に余る。

    個人の主張は勝手だが、小田嶋さんのバイアスのかかった主張が正しく正常であるかのような書き方にはどうしても馴染めないし、抵抗がある。

  • ブサヨとパヨクは対話不可能。言葉が通じ合わない国になってしまった。私個人は政治的にブサヨ、信条的にパヨクなので大変生き辛い。

  • 最後の一文で納得しました。
    小田嶋さんは残酷な人なんですね。

  • まっとうに働いてる人たちは
    ストレスに晒されてもキレずに懸命にがんばってる

    「あの時あいつを殺さなかった俺ってすごいな」なんて自画自賛しながら
    或いは胃薬をお供に過労死のリスクを背負いながら

    ビジネスなんて表面上はWinWinとか言うが
    エゴと利己主義のぶつかり合いだから

    それを当たり前とみて
    ナマポ(生活保護)受給者に情けをかけてたら
    もう普通に働く奴、居なくなりますよ

    善良な一般市民に留まってる事の凄さは一見解り難いですが
    犯罪率の低さや落し物が届けられて手元に戻って来る確率を
    国別で調べれば日本の特殊さが解るでしょう

    今ここで
    「盗人にも三分の理」を認めてしまったら
    「盗人に追い銭」を認めてしまったら
    この世の秩序という建前が吹っ飛びますよ

    まぁ直の問題は
    ナマポ支給担当と不正取締り担当が分かれてない事ですから
    支給時に審査せず、その代わり
    不正受給罪は支給金の運用の結果として
    追跡調査して厳罰に処すべきでしょう

    何を持って不正運用とするかに関しては
    議論が必要でしょうが
    厳密に線を引くべきだと思いますよ

  • 「スタンフォード監獄実験」の話が出た時点で,「あれ?小田嶋さん大丈夫かな…」と思いましたが,全て読むと杞憂でした.

    このニュースいろいろ思うところはありますが,報道各社にはもうちょっと突っ込んだ報道をしてほしかったです.「64人が購入した」と報道されてはいるが,実際に着用したのは何人なのか,誰が製作を指揮したのか,とか全然分からないので.
    あと,「切りつけられた事件を機にジャンパーを作った」などと,小田原市側の言い訳をそもまま報道していますが,正直な話,もともとこんな態度だったから切りつけられたんではないかという思いを膨らませるだけなのでは…と思う次第です.
    もちろん産経なんかはもってのほか.あのコラムは噴飯ものです.そもそも生活保護受給者が増えている原因は,年金を払っていなかったりした高齢者です.そのしわ寄せを現在の貧困世帯が一身に受けているという事実を直視できていない,頭の悪い人なんでしょう.

    >仕事の優先順位として、市の生活保護担当職員やケースワーカーがより注力すべきなのは、むしろ「受給漏れを無くすこと」の方であるはずだ

    おっしゃるとおりですね.

    ちなみに,「ヤンキー性」という言葉にはそれほど共感しなかったのですが,
    人を「クズ」呼ばわりするくせに「う○こ」とでかでかと背中に書いてるところとか,
    しかもそれがわざわざ「悪撲滅」とかわけのわからない日本語をこじつけてまでやってるところとか(正しく略語にするならSABTかSHABTだろ),
    そこはかとなく頭の悪さと無教養さを感じ取ることはできました.

    ただし,一点違和感があるのは,現状の生活保護制度を全面的に肯定している(ように見える)ところです.世耕議員の発言は頭悪いし(人権にフルスペックもくそもない),問題だとは思いますが,
    やっぱりパチンコや競馬,酒に全額つぎこめてしまう現在生活保護制度には問題があると思います.フードスタンプとか,受給額のうち,使途を制限した枠は設けるべきだと思うんですがねぇ.

  • こういうきれいごとを書いてくれる人がわんさかいるから笑いが止まらないって、生活保護の受給者や周辺ビジネスに携わっている人は思っているのでは。
    私が驚いたのは、川崎市の簡易宿泊所火災のときに日経新聞の社会面に載っていた、生活保護の受給額は14万円で、宿泊費(水道・光熱費込みですよね)に6万円払って、パチンコと競馬に5万円使うと食費に3万円しか残らないので苦しいという宿泊者のコメントです。年を取ってみるとわかるけど、健康に問題がある人の場合、机に向かって長時間座っているだけでも大変で、パチンコ台の前で長時間座っていられたり、競馬場まで出かけていく元気のある人は、人手不足の折りから、まじめに働いている人から巻き上げたお金に頼るのでなく、ぜひ自分で働いて稼いだお金で生活してほしいものです。

    海援隊の『母に捧げるバラード』の「働いて、働いて、働きぬいて、遊びたいとか、休みたいとか、そんなことお前、いっぺんでも思うてみろ。そん時ぇ、そん時ぇ、テツヤ、死ね!」というセリフに多くの国民が感動したのが1973年。その頃から日本は遥かな道を来たなと感慨深いですが、あの頃の努力と独立自尊を尊び、生活保護を受けざるを得ない状況を恥として、できるだけ早く抜け出すべきだという社会的な合意はどこにいってしまったのでしょうか。怠け者の方が得という風潮がどんどん進んでいくとその先はスラムと格差社会の蔓延でしょう。どんなに浪費や贅沢をしていても、貧しい人は貧しいのだから援助すべきだという議論も最近ありましたが、勤勉と節約の倫理をもう一度しっかり社会に根付かせるべきときなのでは。まずは制度と教育から。

  • 最後、沈黙しないで下さいよ(笑
    ジャンパーの件は不適切な表現方法だと思いますが、一方で私は「産経抄」に近い考え方です。この手の問題は、人材や財源といったリソースが有限であることを前提として、そのリソースの配分方法に関する議論だと思っています。
    そこを論点に入れるかどうかが、朝日と産経の取り扱いの差だと感じています。

    右肩上がりの社会の中で育ちつつ、社会の有限性を重視しはじめた教育を受けてきた身(つまり40台後半)としては、世耕議員の発言はしごく最もに捉えています。
    生活保護を含めた現在の福祉制度は、成長を前提とした社会の中で成立しまだ100年も続いていない制度です。ようやく(生まれてから死ぬまでという意味で)1世代分経ったかどうかという状態ですから、福祉の根底にある考え方は兎も角、制度の有り様は今後もどんどん変わる必要があると思います。

  • 不正受給が良くないのは百も承知だが、
    公務員が、揃いのユニホームに
    「なめんな」などという下品な表現で
    堂々と書くなど、全く下品な話だ。

  • 日本はここまで住みにくい国に落ちぶれてしまいました。私は人生 最大60歳までとしています。終わり方は社会への負担をできるだけ最小限にすべく模索中です。あと13年。年金も賭けた割にはゴミみたいな金額ですし受給年齢は金額に反比例して上がる一方。生活保護となれば、社会や地域や役所などの冷たい視線と言葉に晒されているよりは…って思わざるを得ない昨今の風潮。そういえば、「サイレント・テロ」という新語があります。私の生き様とその終わらせ方は、まさにそれなのです。

  • 神奈川県小田原市の生活保護を担当する職員らは、自費でジャンパーを制作し、着用して訪問を行っていたという点に注目しなければなりません。
    経費で作成したわけではないのです・・・どれだけの思いが込められていたか・・・
    限られた予算の中でパチンコや娯楽に興じる人や、ヤクザ、在日朝鮮人(神奈川であれば然もありなんです)、などに生活保護が支給され、、本来生活保護を受けるべき人に生活保護が支給されていない現実がそこにあったと私は推察します。
    彼らは、「生活保護家庭に寄り添うべき立場の人々」だからこそ、不正受給に近い受給者や世間に対してその事実を訴えたかったのではないのでしょうか?
    もちろん、真相は分かりかねますが、どの様な意図でジャンパーを作成し着用していたのか、マスコミは職員にインタビューすら行っていないので真相は分かりかねますが。
    (インタビューの結果が芳しくないので報道しないだけかもしれませんね)
    少なくとも、「社会の攻撃欲求は、正しく、生活保護受給者そのものに向けられている。」わけではないと信じたいところです。
    資源が無限でない限り、そのパイをどのように配分するかの問題に近いのだと思います。
    全体のパイを減らすことを推奨しつつ、フリーライダーにパイの配分を多くするような意見には賛同できかねるだけで、社会の攻撃欲求が生活保護受給者そのものに向けられているわけではないと個人的には信じています。

  • お・も・て・な・しの国、絆の国・・・
    鼻白む。
    どこまで上っ面の表面的・建前的な国なのか。

  • またぞろ2者択一議論ですか。不正受給を無くす施策と生活困窮者の保護福祉を向上する事をそれぞれ別々に進めて行けばよいだけですよね。資格がない人があぶく銭をお上からせびり取ろうとすることに対して毅然と対抗する事はあってしかるべきです。また不幸にも生活の立ち行かなくなった方々に公の機関が手助けする事もしかるべき重要な公共事業です。本来は別々の視点で取り組むべき事柄なのに、元の財布が一つであり携わる担当者が同一部署の同一人物であると言う制度の不備が事態を非効率にしているんじゃないですか。保護を広める立場と、保護にたかる悪事を取り締まる立場と言う、簡単に誰でも相反する役割だと分かる仕事を同じ人同じ組織に担わせることが間違ってる。利益相反する仕事を一緒にさせんな!ってことでしょう?お役所バカなのW 。そこへもって受給者は酒パチンコの資格なしと言う(人権がらみの)線引きが困難(でもガイドラインを社会が合意形成するべき)な問題を混ぜ込んでめちゃくちゃにすると言う愚。やっぱりみんな馬鹿なのW。そこにコメント突っ込む私もバカなのね。

  • 今回のコラムについて、筆者の考えに対し意見を述べようと思いましたが…
    やはり、沈黙以上に説得力のある言葉を思いつきませんでした。

  • 生活保護の記事は荒れるぞ~!(笑)

    制度自体は非常に重要であり、国民を守るものです。
    ただ、不正受給など制度を悪用するもしくはされるケースが問題である。
    本当に必要なときに必要な人に活用できるようにできれば一番だが・・・
    100%は難しいだろう。
    しかし、税収など資源を考えても現状のままでは継続することは不可能でしょう。
    ・衣類などは一部現物支給
    ・遊興費は支給額の10%以内
    ・レシートなど提出分のみ支給(自販機分などは一部考慮)
    ・支給期間
    ・就職支援(収入分より支給額を減額)

    などなど・・細かく規制する事で良くなるかもしれない
    働いたら負けなんて言葉が出ないような制度が必要であり
    不公平さを感じるから今のような過剰な動きになっているのではないでしょうか?

  • 「なめんな」と、べらんめぃ言葉をローマ字で表記すると不思議に新しい感覚ジャンバーに見立てていた。記事にある、言われる立場の対極には言う立場或いは言える立場を置いて尚その前に「口惜しかったら」を置くと俄かに草木系から戦闘的金属系を彷彿とさせる。決して煽っているわけではないが、昨今何かにつけ奥歯にものが挟まったもの言いかと気遣ってみると、その先はヘイトスピーチに通じる感がして、けもの道を思わせられ閉口こそ海中の金の思いになる。快哉を叫ぶのではないが、何処かでおづおづ共鳴共感、やや賛同かなと感じていた私。平成28年熊本地震の被災地にあって戸建や集合住宅の一部損傷から倒壊全壊の程度認定作業が遅延、行政への非難轟々だが、探ってみるとこの天災に遭って皆何らかの面で被災した事を認めつつも、補償交付金に絡む認定で第一次作業が全部終わる前に、最早第一次認定への異議申し立てで満員と相成り、査定人は其処に手を取られて本来総花的に進めるべき一次査定作業が手つかずとなっている所為と言う。われ先きに、譲り合い精神などと悠長な事は言ってはいれないよ、世知辛い世の中になったものだは、よく耳にするが我が身に問うてみると、その実結構汚れていて笑止な限りだ。御大の記事を読み返しながら御大は言われる立場になりたいの?どっちと問うて、ひと(他人)のことはいいの、自分で考える事ですと言われている気がして我に帰った。肝要なのは自由、平等、博愛。但しゆめゆめ弄んではいけない事は無論だ。

  • ん~、沈黙が金のような内容ですが、実際の所不正受給はまかり通っているのが実情と現場の方からは伺います。一方で生活保護を受けねば生きていけない人が居ます。昔から一定の”わるさ”は居てたでしょうけど敢えて二極化をしてみると性善説でいけば今回のは”悪”、性悪説から言えば今回のは”善”ですね。あくまでも対象は不正受給者と言うことでしょう。それこを無駄な税金ですね。生活弱者への給付は善行であり有効な税金の使途でしょう。物の見方、立ち位置で今回の件が右に振れたり左に振れるのですね。だから賛否両論になるでしょう。私は現場の人から聞かされた実情をある程度知識として入っているので、小田島さんのような発想にはならないですね。
    でもコラムとしては興味深く読ませて貰いましたよ。次回も楽しみにしております。

  • 生活保護を支える側、税金を納めている側の立場になってみよ。
    その前に大前提として、やむを得ず収入を得ることが出来ない状況に追い込まれた人に対して、人として最低限の生活ができる保護制度があることには何も疑義は無い。そのために使われる税金ならば喜んで納めよう。
    しかし、その制度に胡坐をかくがごとく、“生活には全く必要の無い”パチンコなどで浪費することを個人の自由だとする考えには明確に反対だ。何が悲しくて、働かない者の遊行費を負担しなければならんのだ。それこそ働かざる者食うべからずである。

  • 今回は難しいテーマです。生活保護の不正受給者を放置してはいけません。どのような対策を講じてでも不正受給を徹底的に防止しなくてはいけません。このような人たちは恥という感覚が完全に欠如しています。給食費、奨学金返済などを平気で滞納している人たちにも共通しています。このような状況を打開するためには、さまざまな方法があります。関係省庁も政府も地方に丸投げして傍観するだけではなく、あらゆる方策を模索し、地方と中央が連携して対応すべきでしょう。また、正真正銘の困窮者には支給額を増やすべきではないでしょうか。彼らは恥を忍んで生きているのです。

  • かつてこの国には「常識」とか「礼節」という言葉があった。あるいは「公」と「私」を区別する「けじめ」という言葉もあった。「思いやる」気高い社会性もあった。ある時期からそういう言葉は姿を消し、弱い者は「自己責任」とという容赦ない非難を浴びせられる国になった。人々は力の行使を伴わない言葉の暴力におびえ、弱みを見せることを恐れ、社会から滑り落ちないことに懸命になった。。「日本を取り戻す」と声高に叫ぶ人々がいるが、その声とともに日本人の誇る品位もみるみる褪せて行ったように思う。歳のせいか、昔は良かった、とつぶやくことがある。この国は、いや、この国に住む人々はもう少し美しかったと思うのだが、いやあ、記憶も怪しげになってきた。これがこの国の本質だったのだろうか。

  • 今回の件は見聞できている情報だけでコメントするのが難しい
    典型的な事例かと思う。

    一見すると「ヤンキーかよ!」とも思える頭の悪い行動だと思える
    のだが、生活保護の不正受給の現場は相当過酷なものとも聞いてい
    る。
    たかだか市の職員である担当者が、ヤクザの一種と思える不正受給
    者に対して毅然たる態度で臨むには、かなりの覚悟が必要なんだろ
    うなあ、というような想像もできる。
    普通(まっとうな…というのも変だが)の生活保護受給者に向かって
    「アンタなぁ~」という態度で臨むのは確かに問題化もしれないが、
    多分、本当に「オマエ、本当は働けるんじゃないの?」という人間
    に対してのアピールなんだろうな、と職員の肩をもちたい。

    そんな風に思う私は少数派とも思えないのだが。

    それだけ、今の世の中日本国民じゃない奴らが不正受給を平気で
    しているのだ。

    「人権」という言葉を見ると、なんだか悲しい気分になる。
    今回の小田嶋さんのコラムを見て、改めて感じたことだ。

  • しかし、なぜこの職員たちは受給者を威嚇しなければいけなかったのでしょうか?
    どれくらいの割合で、生活保護を「なめている」人々がいたのでしょうか。

    私が小田原市の職員だったら、生活保護受給の適正性など、まともに審査しないでしょう。
    そもそも自分の金ではないのですし、拒否したり削ったりしても恨まれるだけですから。

    この事件を見て、私は生活保護制度がまだ「共有地の悲劇」に陥っていないのだと安心しました。

    とは言え、ガンダムのセリフのパロディを印刷した揃いのジャンパーを皆で着る、と言うのは
    中学生丸出しでいただけない。温和な顔の下に、氷の心を持つのがプロなはずです。

  • 大昔、税務署から、反面調査の協力依頼があったので、
    関係部署と調整して、
    「来週の金曜日、午後2時から4時、お会いします。」
    と答えたら、
    「非常識」と非難された。
    税務署に言わせれば、反面調査であっても、
    月・火・水・木のド平日、いずれかの、
    丸々1日を、税務署に捧げるべきだ、とのこと。

    民間人である私が公務員に「非常識」と非難されたわけで、
    猛烈に不愉快だった。
    (ここで税務署員の名前を書きたいくらいだ。)

    で、小田原市だが、公務員もしくは公務員に準ずる者が
    民間人に対して「なめんなよ」などという言葉を
    使うべきではない。
    辞職、もしくは懲戒免職するべきだ。
    誠に愚かなことだ。

  • 日本の公務員天国を象徴する出来事
    自分たちは選ばれた特別な存在だと思ってそうだ

    「公務員はすべて国民全体の奉仕者」を叩き込め!

  • まず、定期配転で、回る公務員たちに「なめんな」と言わせる立場になってしまったことが、
    問題じゃないんですかね?

  • 本当は「正義」を楯にモノを言ってみたいんだけど、それを行使した場合のリスクは負いたくない(だけどもやってみたい)、相手が生活保護受給者なら何言っても大丈夫だろう(世論が味方に付くだろう)という思惑で、ちょっとアメリカ風を気取ってやってみましたみたいな、簡単に言うと日本の行政や官公庁で「トランプごっこ」が始まった、ということだろう。

    しかし、元々日本人なんてこんなものだ。それ程絶望すべきことではないと思う。

    むしろ、モノの考え方を変えてみたらどうだろうか。弱者や生活保護受給者を救済するのは倫理の問題ではなく、思いやりとか優しさの問題ではなく、あくまで効率の問題と考える。
    で、共同体が弱者を抱え込んでいた方が社会はよく回る!という考え方を実践してみる、というのはどうか。

    そもそも、病人や老人や生活保護者を厄介者として切り捨てることを義務づけられた「強者」だけの集団なんて、未だかつて存在したことが無いのだし、社会的弱者に対する救済措置を手放した時に生じる格差等の損害を考えれば、彼らを集団の中に取り込んでおいた方が効率的だ、社会的に得をする(徳ではなく)、という考え方を早々に身に付けた方が賢明だと思う。

    「強きを挫き、弱きを助ける」というのは、それが正義だから考えられていたのではなくて、それが社会にとって最も効率的だから昔の人は口にしていたのだと、そういう考え方に(少なくとも日経読者程度の教養と資産がある人たちであれば)シフトすべきだろう。

  • お役所のような組織では、上をみて仕事をしていることが多いので、今回の話は小田原市役所が、生活保護支給の問題をどうみているかの反映だと思いますね。「空気」を作っているのは、市長であり、助役その他周りの人間でしょう。
    現場にいる人間は弱者に寄り添う人々であるべき、というのは至極まっとうな意見ですが、検察と弁護士をかねるような立場に追いやってしまったのは、上部が責任を負うべきです。
    2001年宇宙の旅で矛盾した使命を帯びたコンピュータが錯乱したのを思い出しました。

  •  現場の実態は報道では知り得ないので想像を逞しくするしかないのだが、ひとつ思ったのは、学校で不良対策として強面体育教師をあてがうようなことかもしれないということ。汚れ仕事のために汚れ役を雇うというのもありがちな気がする。不正受給者もそれを取り締まる市職員もいずれも虐げられし人々だったりしてね。
     もうひとつは、やはり利権の問題。補助金支給とか役人の権利、利権が絡むとろくなことがおこらない。行政上の権限を自分の力だと勘違いするような輩は多い。エラそうにしてるが、元をただせば我々の払った税金じゃねぇか、みたいなことがよくある。
     いずれにせよ特別な利権があるから、そこに巣食うような輩が出てくるわけで、ベーシックインカムでも導入して万人に共通の便益にしてしまえば、そういう人間のつけいる隙を無くすことができるだろう。

  • 今回のユニフォームが使われるきっかけは、暴力沙汰に巻き込まれて疲弊した現場の士気を高めるためだったという。
    アニメや映画、ヒーローものの「ノリ」でスタッフジャンパーを作り、職場の連帯感を生み出す、という方法は、学生のサークルなどでよくある。今回もはじめはそんなものだったのかもと思う。文面のギリギリの内容にとどめ、それを英語にしているのは、デザイン性に加え、外部の批判的な目を意識した細工の結果だろう。実際にすぐ批判されず、長く使われているし。現場の人間にとっては一定の効果があったんだろう。
    ただ、それでも所詮は学生のノリに毛の生えた程度の取り組みでしかなかったと言わざるを得ない。理由は小田嶋さんの指摘の通りだ。悪気はなかったのだとしても、十分反省してもらいたい。
    それより更に問題なのは、小田嶋さんの指摘する通り、「頭とお行儀のいいエリートたちが振りかざすご立派な綺麗事、建前」より「酸いも甘いも・清濁両面熟知する現場人間たちのホンネ」の方が的を射ており、一言居士の信頼できる真実、と捉える風潮が強まっている点だ。米次期大統領のように多少品が無くても、それがマイナスではなく、タフな人のバイタリティーとしてプラス評価に変わる。
    本来理想や建前(原則や方針の意味)は、泥水のような弱肉強食の辛い現実の中でも人間しか持てない気高い方向性を見失わないために、羅針盤として人類が築いたものだ。理想が現実に合わないのは当たり前で、それでも方向性だけは忘れずにいようと努力しなければ、人間は畜生レベルに戻ってしまう。身も蓋もない「ホンネを語るのが格好いい」という勘違いは、大変危険な道への一歩だ。

  • 『不正受給を許さないことは、もちろんそれ自体としては、間違った考え方ではない。反社会的な言明でもない。

    問題は、生活保護家庭の立場に立ってその彼らのために働く立場であるはずの市職員やケースワーカーが、まるで、不正受給を摘発するべく当局から派遣された査察官みたいな構えで、自分たちがサービスを提供するべき人々を威圧していた点にある』

    この言い回しには疑問を感じる。

    『自分たちがサービスを提供するべき人々を威圧していた点にある』

    不正受給をしていない受給者は、威圧感を感じる必要はないのでは?
    不正受給をしている人は、威圧感を感じるだろうが、それらの人は、市職員が『サービスを提供するべき人々』ではない。

    そもそも、不正受給している人がいるおかげで、
    ほんとうに保護が必要な家庭に保護が行き渡らない実情がある。
    また、不正受給者の数が多いおかげで、
    普通の受給者が「不正受給しているのでは」という目で見られるということもある。

    以前から不正受給の方法を指導する悪徳弁護士が多数いるという。
    某大阪の大手お笑い芸能事務所の、専属の弁護士が芸人に、
    不正受給の方法を指導していたという問題もあった。

    そういう実情を現場で見ている職員が、
    それらに問題提起するために、今回の行動に出たのでは、という見方もできる。
    そのような行動こそ、市民から預かる税金の事や、市民の生活を守ることを考える
    正しい職員の姿ではないだろうか、

    小田嶋氏は様々な問題を、政府に「挑戦する人」の立場で一方的に語ることが多いが、
    もうすこし多角的な、見方で分析されても良いのではと思われる。

    「挑戦する人」というスタイルをカッコイイと思っておられるのかもしれないが、
    正直、時代的である。

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