が、当欄でも、何度か同じことを書いた気がしているのだが、私は、昨今、偽善を摘発する人々の間で共有されている露悪趣味が不当に亢進していることに、危機感を抱いている。

 本来温厚な人間が、ネットにものを書く段になると、にわかに凶暴になる。これは、一種の精神衛生なのだとしても、長い目で見れば、予後が悪いと思う。どういうことなのかというと、悪ぶっている人間は、いつしか本物の悪党になる、ということだ。

 不倫の一方の当事者が、ベッキーでなくて、もっと別のあっけらかんとした女性タレント(たとえばローラとか)だったら、ネット民の反応はずっと穏やかだったと思う。

「あーあ、ローラちゃんダメじゃん」
「明らかにダマされちゃってるよね」
「むしろかわいそうだな」

 てなところで、なんとなく収束していた気がする。

 巨大匿名掲示板の書き込みやツイッターのハッシュタグを見回してみると、現在裁かれているのは、ベッキーが不倫交際をしていたことそれ自体ではなくて、むしろ、その不倫に先立って彼女が常に「いい人ぶっていたこと」だったりしている。

 彼らは、ベッキーが、デビュー以来、前向きで、礼儀正しくて、子供好きで、動物好きで、涙もろくて、純真で、まっすぐな心を持った女の子であるかのように自己演出していたその“偽りの演技”を徹底的に攻撃している。

 私自身は、ベッキーのファンではない。
 正直に告白すれば、どちらかといえば、苦手な方だ。

 が、彼女が、メディア上で演じていた、「前向きで礼儀正しくて子供好きで動物好きで涙もろくて純真でまっすぐな心を持った女の子」というキャラクターが、まるっきりのウソだったとは思っていない。半分以上、どころか、8割方は、画面に映っている通りの女性なのだと思っている。

 事件の実態は、つまるところ、「前向きで礼儀正しくて子供好きで動物好きで涙もろくて純真でまっすぐな心を持った女の子」であっても、妻子ある男に惚れることはあり得る、という話に過ぎない。

 ところで、デビッド・ボウイが死んだ。

 私にとって、デビッド・ボウイは、20歳になる手前から30歳になるぐらいまでの最も不安定で困難な時期に追いかけていた、大切なアイドルだった。
 なので、彼の死は、個人的に、とてもさびしい。

 面倒くさいのは、こういう「気持ち」なり「真情」を、うっかりSNSやブログに書き込むと「いい人ぶってる」「センスが良いと思われたがっている」みたいな、ひねくれた反応が返ってくることだ。