婚外交渉はよろしくない行為だ。
 この意見にはほとんどの読者が賛成してくれるはずだ。
 不倫は良くない。
 おそらく、異論は無いはずだ。

 が、良くないということと、それをやらないということは、別の文脈に属する話だ。
 人は良くないことでも、やってしまうことがある。さらに言うなら、人生の楽しみの少なからぬ部分は、良からぬことを為すことの中に埋もれている。

 たとえば、私は、昨年の春に糖尿病が発覚して以来、間食をいましめられている。
 間食は良くない。

 よって、私は、普段の食事に気を配らねばならないことはもちろんだが、それ以上に、食間に摂るジャンクフードの類を根絶するべく、強く言い渡されている。というのも、間食のほとんどは炭水化物で、してみると、血糖値を低く保たねばならぬ糖尿病患者にとって、規定の時間外にイレギュラーな形で炭水化物を摂取することは、あらゆる意味でよろしくないしぐさだからだ。

 が、時に、私はクッキーを食べている。
 せんべいも食べる。
 仕事に行き詰まったタイミングでは、チョコレートに手を伸ばしてさえいる。
 無論、そうしたものを口にする度に、いけないことをしてしまったと、後悔する。
 反省もしている。

 が、だからといって、私は、自分が週刊誌に私信を暴露されなければならないほどの罪を犯したとは考えない。
 私の過失は個人的なものだ。パパラッチの知ったことではない。

 もっとも、この話を、話題の二人の不倫と同一の基準で語ることはできない。
 なにより、不倫には被害者がいる。

 私の間食に被害者はいない。強いていえば被害者は、罪を犯した当人である私自身だけだ。ということは、私は、天に向かってブーメランを投げた者の末路として、自然落下を上回る速度で、自業自得の報いを、自らの健康を損なう宿命として引き受けているわけで、この時点で、私の罪と罰は自己完結している。

 一方、不倫は明らかな被害者を外部に持っている。
 不倫は、不倫実行者の連れ合いにとって、残酷極まりない背信行為であり、不道徳な仕打ちだ。

 とすれば、彼らは、少なくとも、結果として迷惑をかけることになる幾人かの当事者に謝罪をしなければならない。場合によっては、何らかの形で賠償を果たす責任を負うことにもなるはずだ。

 が、それでもなお、不倫は少なくとも刑事上の犯罪ではない。
 だから、週刊誌に謝る必要は無い。テレビに説明する義理もなければ、スポーツ新聞の記者に弁解せねばならない道理も無い。

 この種の出来事が起こると必ず決まり文句として登場する「世間を騒がせたこと」や「ファンの信頼を裏切ったこと」についても、本来なら謝罪する筋合いは皆無だ。スジとしては、そこに謝るのは間違っている。