これってつまり「誰が一般人でどんな人間が犯罪予備軍であるのかはオレらが決めるんでよろしく」ということだよね? 共謀罪「一般人は対象外」=菅官房長官 【時事ドットコムニュース】

 という一連のツイートを書き込んだところ、私のツイッターの@欄には、

「『テロ等準備』の文字が読めないの? なんですぐに妄想で語っちゃうの?」
「特定テロ組織と共謀してテロを起こす一般人は確かにいますね。ISのテロなんかそうですね。 しかし、テロを起こした時点で一般人に分類するのは、かなり無理ですなw」
「不安を煽るのがライターさんの重要なお仕事なのでは?」

 といった感じの、嘲笑を含んだ複数の反論や疑問が、間髪を置かずに寄せられている。
 こういうことが起こるのは、「テロ等組織犯罪準備罪」の必要性を感じている人がたくさんいることの現れでもあるのだろう。

 が、それ以上に、私が強く感じるのは、「共謀罪」に懸念を表明する人間に反発を感じる人々が増えているということだ。

 私は、いま、まわりくどい書き方をしている。
 こういう書き方は、本来好ましくない。
 が、実際に事態は、まわりくどい段階に到達しているのだから仕方がない。

 つまり、いま起こっていることは、目に見えているカタチとしては「政権の意向に何がなんでも賛成する人々が増えている」ように見えるわけなのだが、実際に起こっているのは「何がなんでも権力に反発してみせる人間に対して何がなんでも反発する人々が増えている」事態だということだ。

 どうしてこういうことが起こっているかについての分析は、とりあえずここではしない。別の機会に書くことがあるかもしれない。とりあえず、今回は、共謀法の話を進める。

 共謀法に関して私が感じている不気味さは、2年前に特定秘密保護法が制定されようとしている時に抱いていた懸念とほとんど同質のものだ。

 私は、この組織犯罪防止法の改正案が、特定秘密保護法案などが成立した時とまったく同じような経緯で、たいした議論も経ぬままにずるずると成立することを、半ば以上のあきらめとともに、強く予感している。同時に、私は、自分たちが、あの自民党の憲法改正草案の実現に向かって進む一本道の途中段階に立っていることにあらためて思い至っている。

 憤っているとか反発しているというのとは少し違う。

 事態がある段階に立ち至ると、恋愛であれ、ギャンブルであれ、事業であれ、一度動き傾きはじめた流れは、結局のところ誰にも止めることのできないものなのだなあと、静かに落胆している、といったあたりが正確なところだ。

 テロ犯罪をたくらむテロ組織なりテロリストたちが、自らテロ集団なりテロリストなりの看板を掲げて堂々とテロの準備を敢行しにかかるのかというと、コトは必ずしもそういうわかりやすい手順では進まない。現実には、悪質なテロ組織であればあるほど、自分たちの正体を隠蔽ないしは偽装する。そして、その悪賢くも周到な彼らは、およそ考え得る限りのあらゆる迷彩を施して、自分たちが善良な一般人であるかのような外面を整えにかかる。