この国の空気は、今現在でさえ

「いまさらグダグダ言うなよ」

 という感じになっている。
 夏が来れば、圧力はさらに強まるだろう。

 12月19日に「1兆8000億円」の数字が出たタイミングで、私は、ツイッター上にいくつかの短文を書き込んだ。

当初見込みの6倍って、やくざの忘年会でもこんなことないぞ → 東京五輪の運営費1兆8000億円 当初見込みの6倍

五輪の運営費が、当初見込みの6倍(1兆8000億円)って、つまり、「当初見込み」として説明されていた数字が、まるっきりの騙りだったということで、これは、国家的な詐欺だぞ

五輪関連費用がどこまでふくれあがったところで、マスコミ各社が大掛かりなキャンペーン報道を展開することはないだろう。なぜなら、テレビ新聞をはじめとする大手商業メディア企業は五輪関連費用を差し出す側の人間ではなく、五輪によって動くカネを受け取る側の人たちだからだ。

そりゃ五輪にはそれなりの経済効果があるんだろうけど、「経済効果」という言葉自体、「関係者が儲かる」ということであって、世の中全体が豊かになるということとはまるで話が違う。そこのところはきちんと峻別しないといけない。

 これらのツイートは、一定数の賛同の声を糾合する一方で、相当数の反論を集めることにもなった。

 反論の多くは例によって

「選挙を通じて国民に付託された政権が選択している国策に反対するのは民主主義の否定だ」
「金が回れば景気が良くなる。こういうケチくさいことを言うヤツが不況を長引かせている」
「誰かが儲かることに嫉妬する人間は、誰かが儲かることが誰も儲からないことより良い結果を招くことを知らない」
「どうしてそんなに日本が嫌いなのか」
「安倍さんが嫌いならそう言えばいいじゃないか」

 という感じのお話だった。
 ただ、今回のやりとりの中で、私の目を引いたのは

「みんなで決めたことなんだから応援しようではありませんか」
「出費が痛いのはわかりますが、痛みを分かち合うのが国民のつとめだと思います」

 という、一見前向きな言葉だった。

 この種の声には、反論しにくい。
 というよりも、なんだか闘志を失うわけです。
 思うに

「言いたいことはわかるけど、いまはそれを言う時じゃないだろ?」

 と言ってきている人たちは、私の主張の内容にではなく、姿勢というのか、私の「生き方」に苦言を呈している。